正反対

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正反対

「えっと、名前なんやっけ」 「君、一年間一緒だったけど覚えてないんだ」 「あっはは…」 人から覚えられやすい割に、人の名前や顔を覚えるのが苦手なのが見透かされたような気持ちになり、陽渚は苦笑いをしながら目を逸らした。 男子学生は、探るような目で陽凪を見つめる。 (こっち見ないで〜)と内心思いつつ、なんとか崩れかけた笑顔を修正する。 男子学生が小さなため息を吐いた後、小さい声で呟くように言う。 「黒川(くろかわ)。黒川海星(かいせい)」 小さいけれど、その音は澄んでいて、真があった。 不思議な声質に驚きつつも、聞き覚えのある名前の響きに陽凪は首を傾げる。 どこかで聞いたことがあるのだ。どこかで…。 そして、一つの答えに辿り着いたとき、思わず声に出した。 「あ…あ〜!黒川くんや!そうやったそうやった!」 「…はぁ」 「え、あれやよな、医学部の子やんな!」 黒川海星。通称 ” 医学部の一匹狼 ” 。 医学部を首席で合格したインテリイケメンとして一時期話題になっていたのだ。確かに、銀髪に一部黒のメッシュが入ったウルフヘアという特徴も一致している。 一年間一緒だったとはいえ、特に関わりもなく、そもそも海星自体の周りとの付き合いが深くなく、接点がなかったのだ。 流石一匹狼と言われるまである。 ただ、実際には一匹狼というワケでもないらしいというのは聞いたことがある。付き合いの範囲が狭いだけで、友人と談笑する姿を目撃したとの噂もときどき流れてくるのだ。 「そう…です。一応医学部ですけど」 「あ〜やっぱな!?はぁ〜私まぁじでうっかりさんやわ!黒川くんの名前出てこんなんて」 「…」 おどけたように陽凪が舌を出すが、海星は無言のままである。 陽凪は一瞬戸惑いの表情を映すが、すぐに気を取り直して笑顔を作り直す。 「へぇ〜医学部なんやね。私は芸術学部!」 「…知ってる」 「あ、知ってるん?」 「…有名、だから?」 少し視線を上げて、海星が言う。 陽凪は少し不満気な顔で問う。 「なんで疑問系なん?」 「さぁ?」 「さぁ…って、」 「君も同じような理由でしょ?」 「う…」 確かに、海星を記憶していたのは直接的に関わっていたからではない。 同じゼミだからといって、今まで会話したことはほとんどなかったのだ。 「でもそれで疑問系になるんはよくわからん!」 「あ、そう」 素っ気ない海星の反応に、陽凪は少し悔しい気持ちになる。 (こうなったら、どうやってでも心開いてやるんや!) 陽凪の決意に応えるように、ピンクポピーの花が小さく揺れていた。
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