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夜になっても纏わりつく暑さと楽しげな雰囲気が混ざり合う中、屋台の明かりの間を音葉と流藍は歩く。
「そういえば、髪染めるの止めたんだね」
音葉が言うと流藍はポーカーフェイスをしようとして失敗したのか唇を変に歪ませた。
「何?」と音葉は訝しげにする。
「いや……嬉しいというか、懐かしいみたいな? 地毛が茶色だって大学の奴らには言ってないから、みんな染めてんだと思ってるんだよな」
「子供の時とは逆だね」
「髪を染めるのは校則違反だから黒く染めるって、今思うと意味分かんねぇな」
くすくすと音葉が笑うと、流藍もわざとらしい不満な顔を引っ込めて笑った。子供の頃にもこうした他愛のない会話で笑っていたはずなのに、音葉がよく覚えているのはムッとさせられた事ばかりで日常がどれだけ充実していたかは過去のものにならなければ気付けないのだろう。
「わたあめ、音葉好きだったよな」と流藍が言う。子供の頃に言われたら何とも思わないその一言に、音葉は嬉しくなる。
「うん。流藍はりんご飴の方が好きだよね」
時間は巻き戻らないけれど、高校二年生の時に一緒に見られなかったからこそ、今日の花火は今までで一番綺麗だと音葉は思った。どっちが花火を上手く撮れるか、とかはしゃいでいたのに花火が終わると流藍は黙ってしまった。帰る客のピークが過ぎるまで音葉と流藍は夜の闇を取り戻していく会場を無言で眺めていた。
「そ、そういえばさ……」
音葉が気まずい沈黙を破ろうと話し出した。
「“リュウラジ”終わるみたいだね」
流藍が弾かれたように振り向く。音葉が息を呑んでいると、流藍は苦笑した。
「やっぱ、気付いてたよな」
独り言のように掠れた声だった。
「そりゃあ……」
気付くもなにも“リュウラジ”が終わる事はすでに告知されてるじゃん、と音葉は思ったが続く言葉を飲み込んでしまった。流藍の泣きそうな笑みが、胸を切なく苦しくさせた。同時に、嫌な予感が上から降って来て全身を包んでいくような感覚がした。
「ラジオいつから聞いてた?」
「……一年前から、毎週」
「あ〜……分かってたけどバレると恥ずかしいな」
「――流藍はリュウなんだね」
「確認すんな……って、まさか……気付いてなかったとか……?」
「……うん」
「何だよ。一人で喋っちゃっただろ」
流藍は肩の荷が下りたように笑って言ってて、音葉を責める素振りはなかった。
「ラジオ、何で辞めちゃうの?」
音葉は答えを薄々分かっていてそう訊ねた。音葉と流藍は真剣な顔でお互いを見つめた。
「俺さ――コールドスリープするんだ」
答えを分かっていたのに音葉の瞳には涙の膜が張る。涙が溢れる前に指先で拭った音葉の手を流藍が優しく掴んだ。
「そろそろ行くか。帰りながら話すよ」
流藍に手を引かれて音葉も歩き出す。傍から見たら二人はどんな風に見えただろうか。楽しそうな人達の中に居るのに、歪な別れが二人の眼前に横たわってる事を誰が気付けただろう。
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