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「……ちょっと、好男くん。どういうこと?」
未だかつて聞いたことがないほど低い麗子の声がした。好男の顔から一気に血の気が引いてゆく。
ついでに周りの客も、ザッと二人のそばから引いてゆく。見ちゃいけないものを見たみたいな顔で。
「いや、いやいやいや……いや違うよ? そんなこと、一度も思ったことないよ?」
「でも今、確かにやまびこさんが」
「いや、何かの間違いだよ。うん。そんなはずないよ」
「……ふーん」
麗子の蔑むような視線が好男の身体にブッ刺さる。
嘘だ。そんなこと思ってない。思ってないはず、だけど……大学卒業後、小説家を目指してアルバイトで何とか食い繋いでいる貧乏性の好男は、これまで何度か麗子にご飯を奢ってもらったことがあった。
その事実が今、好男の必死の弁明から説得力を奪う。
「や、やまびこさん! 冗談だよな? 俺、麗子のこと女性として愛してるよな!?」
好男は慌ててやまびこに助けを求めた。しかしそれが間違いだった。
【好男さんは麗子さんのことをお財布として愛しています。スポンサーとして溺愛しています】
「お財布!? スポンサー!?」
麗子の怒髪が天を衝いた。
「好男……テメェ私のこと、そんなふうに思ってやがったんだな!」
別人のような口調で問い詰める麗子。好男はヒィッと悲鳴を上げた。
これは一体どういう状況だ。というか、これは誰だ。
好男がオロオロしていると、さらに麗子はハッと何かを思いついたような顔をした。
「そうだ、テメェ、最近夜になるとやたら外出してるよな」
「え? え!?」
「やまびこさん! 好男の野郎は浮気をしていますか?」
「ちょっ、麗子!? 俺が浮気なんてするわけ……」
「お前には聞いてねぇ!!」
麗子の剣幕に好男はちびりそうになった。やまびこは、呑気な声で答えた。
【はい。もちろん浮気しています。浮気は好男さんの最も重要なライフワークの一つです】
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