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山田好男は付き合って三ヶ月目の彼女・富士麗子と登山に来ていた。
登山は好男の趣味であり、今日は麗子がそれに付き合ってくれている形だ。麗子にとってはこれが人生で初の登山であるらしく、好男はなるべく初心者でも登りやすいような低くなだらかな山を選んだ。「真実山」、という名前らしい(好男もこの山を登るのは初めてだ)。
この日のために登山用のウェアや靴を買い、前日には「明日楽しみだね!」と目を輝かせてくれた麗子を喜ばせようと、今日の好男は気合い満点だった。
麗子の体調を気遣いこまめに休憩をとったり、道中「この植物の名前はね、」とか「この虫はね、」なんて豆知識を披露したり、好男はとにかく麗子が楽しめるよう精一杯努めた。麗子もそのたび「へぇ! 詳しいね、好男くん!」と楽しげに反応してくれた。
そうして登山は順調に進み、約四時間をかけて二人は見事山頂に到達した。
「うわぁ! すごい景色!」
麗子が感嘆の声を上げる。ウッドデッキの端に立つと、視界いっぱいに広がる緑の山々に、その上を覆うスカイブルーの空。雲一つない快晴だ。絶景、と言って差し支えない。
キャッキャと声を上げる麗子の姿に好男はホッと一息吐いた。好男は登山の魅力を十分知っているとはいえ、麗子とそれを共有できるかは少しだけ不安だった。
だけど今の麗子を見れば、どうやら杞憂だったらしい。
「ねぇ、私、いつか山登りしたらやってみたいことがあったの」
麗子が子供のようにはしゃいで言う。「何?」と好男が尋ねると、麗子は遠くに見える山に向けて口の周りを手で覆い、叫んだ。
「ヤッホー!」
【ヤッホー!】
「すごい! 本当に返ってきた!」
なるほど。やまびこか。
可愛いなと好男は顔を綻ばせた。他の登山客たちも、初心を思い出すかのような微笑みを湛え、麗子の様子を見守っている。
そんな中一人の登山客が近づいてきた。温厚そうな髭面の中年おじさんだ。
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