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善良な一般市民としてつつましやかに平凡な人生を送りたいと思っていたこのわたしが、タブロイド紙に「悪女」だの「毒婦」だのと書き立てられる日がこようとは……。
震えが止まらず呼吸が浅くなる。
こめかみがズキズキと痛くなってきた。
なにも考えずにこのままここで倒れて眠ってしまいたい――そう思ったときだった。
「にゃーお」
わたしの足にリリーがすり寄ってきた。
わたしの様子がおかしいことを察知して、心配してくれたのだろうか。
「リリー。いい子ね、ありがとう」
床に座ったままリリーを膝に乗せた。
リリーが緑色の目でジッとわたしを見上げている。
つややかな毛並みをゆっくり撫でているうちに、震えが止まり落ち着いてきた。
再度、記事に目を落としてため息をつく。
配達員のフィンは、わたしがここに書かれているブレンダ・リッチモンドだと気づいてこの紙面を……? いや、それはないだろう。
ゴシップ紙にありがちだが、ここに掲載されているわたしの顔写真は、不機嫌そうに目をすがめている悪人面だ。
同一人物だと気づかないまま、ただの作業としてブドウをくるんだにちがいない。そう願いたい。
いずれにしろありがとう、フィン。
まんまとジェイクに騙されるところだったわ。
ひどい男だ。
病院でわたしが目を覚ましてからの、ジェイクの言動のすべてが虚構だったのではないか。
そう思えてならない。
驚きと焦りが落ち着くと、今度は怒りがふつふつと湧いてきた。
しっかりするのよ、ブレンダ。
こんなことでへこたれるわたしじゃないでしょう?
自分を叱咤しながら立ち上がり、フィンが届けてくれた食材を冷蔵庫にしまっていく。
食材を見ているだけで、頭の中にメニューの候補が自然と浮かび上がる。
この1年で、わたしの料理の腕が飛躍的に向上しているのはたしかだ。きっと熱心に料理を作っていたにちがいない。
なんのために? 誰のために?
やはりサム・キンダーソン氏の家政婦として料理を作っていたと考えるのが自然だろう。
シワを伸ばして折りたたんだルーマー紙に再び視線を落とす。
莫大な遺産。愛人――相変わらずなにひとつ思い出せない。
記事にあったように、出会ってたったの9カ月で遺産相続人になるのはたしかに不自然で、スキャンダラスな香りがする。
スマートフォンですぐに調べられないのも、もどかしてくて仕方ない。
そして、ジェイクが毎日わたしにささやく「愛してる」の言葉を思い出すにつけ虚しくなる。
記事の最後に印字されている記者名を指でなぞった。
そこには『ジェイク・ヘインズ』と書かれていた。
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