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第3章 疑惑
「ブレンダ、顔色が良くないな。なにかあった?」
仕事を終えたジェイクが、キッチンへ入ってきた。
夕食の支度をしているわたしの横に並んで顔をのぞいてくる。
「ちょっと頭が痛くて……」
わたしはうつむいた。
そんなにわかりやすく動揺しているだろうか。あるいは、記者としての鋭い観察眼?
いや、動揺して当然だ。
あの衝撃的な内容の記事、そしてその記事を書いたのがジェイクだと知ってしまったのだから。
もしかすると、わたしが退屈していることを見越したジェイクが手の込んだ悪ふざけを仕込んだのかもしれないとも思った。
しかし、それにしては内容があまりにも悪趣味だ。
なにかの間違いであってほしいと頭の片隅で思うものの、やはりあの記事は本物なのだろうと思う。
ジェイク・ヘインズ――ただの同姓同名の可能性もゼロではない。
冗談めかして、どうってことないような振りをしてあの記事を突き付け、ジェイク本人に聞いてみてもよかったかもしれない。
でも、その勇気が出せなかった。
突然ジェイクが豹変して襲いかかってくるかもしれないと思うと怖い。
こちらがなにも気づいていない振りを決め込めば、彼は虚構の優しい婚約者を演じ続けてくれるだろう。
わたしたちの出会いは3カ月前――そうね、記事の日付がそうだったもの。
わたしの経歴を把握していた――記者として取材したのね? よく知っているから親しい間柄なんだと騙されていたわ。
ピーマンが苦手なことと、コーヒーのミルクたっぷりをどうやって知ったのかは謎だが、それも取材の賜物なのだろう。
わたしの友人たちにも取材したのかもしれない。
ずっとジェイクに対して抱いていた微妙な違和感の正体は、これだったのだ。
「無理しなくていい。続きは俺がやるから、ブレンダはゆっくり休んでくれ」
「ありがとう。じゃあ、リリーのご飯だけ用意するわね」
口角を上げて笑顔を作ったわたしの額に、ジェイクの唇がチュッと落とされる。
今朝までこういったスキンシップにときめいていたはずなのに、ジェイクの素性がわかったいまでは不快なものでしかない。
ジェイクに背中を向けた途端、自分がスッと真顔になったのが鏡を見なくてもわかった。
その日にジェイクが作ってくれた夕食は、なんの味もしなかった。
まるで砂を食べているかのような感覚に襲われながら、タイミングを見計らって早くここから逃げ出そうとだけ考えていた。
就寝前にベッドの上でリリーの背中を撫でながら思考を巡らせる。
彼の真の狙いはなんだろう?
悪女ブレンダのさらなるゴシップを引き出すこと?
それにしては距離が近すぎる。恋人を装ったり、まして強引に結婚を迫るようなことなどする必要はないだろう。
ということは、わたしが相続したとされるキンダーソン氏の莫大な遺産目当てだろうか。
仮にそれが事実なのだとして、その遺産はいまどこにあるんだろう。
わたしの銀行口座?
もしもわたしが記憶を取り戻しても、そのときすでにジェイクと体の関係になっていれば、うまく篭絡されてそのまま結婚に至っていたかもしれない。
この2週間に何度かジェイクから一緒に寝ないかと誘われることもあったけれど、頷かなくて正解だった。
目論見が外れて残念だったわね、ジェイク。
わたしのものはひとつも、あなたなんかに奪わせたりしないわ!
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