第3章 疑惑

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 ******    ジェイクから逃げるためには、計画的に慎重に準備しないといけない。    この家には固定電話がないから、壊れたスマートフォンしかないわたしはどこかへ電話をかけることすらできない。  そしてほぼ一日中ジェイクがわたしを監視している。  豪邸でごまかされていたけれど、これは完全に軟禁されている状態ではないか。    最大のチャンスは2週間後の病院の検診日。  診察室で主治医とふたりっきりになるタイミングで助けを求めればいい。  不安要素としては、主治医や病院スタッフがわたしの話を信じてくれるかわからないことだ。    ジェイクがどううまく病院に話したのかは知らないけれど、わたしの婚約者として付き添いを任されていた。  入院中にわたしを献身的に支えてくれた様子からも、好印象を持たれているはずだ。 「彼に軟禁されているんです! 騙されました!」  と、わたしが騒いだところで、信用してもらえるだろうか。  むしろ、わたしの記憶が錯綜して混乱していると勘違いされるおそれがある。    それに、リリーのことが心配だ。病院に猫は連れていけない。  リリーを置いて逃げ出すわけにはいかない。  この家を出たら最後、もう二度と戻らない覚悟と準備が必要だろう。  それにしても、検診日にスマートフォンを買いに行こうとジェイクが約束してくれたのはなんだったんだろう?  保存データやインターネットを見れば、どのみちジェイクの素性がバレたはずだ。  あの約束はその場しのぎの嘘で、本当はあれこれ口実をつけてわたしになにもさせずにまたこの家に連れ帰るつもりだったのか。  あるいは、1カ月以内にわたしを篭絡できる自信があったのか。 「チョロいって思ってる?」  リビングのソファーに腰かけながら、リリーに話しかける。  ジェイクを本当に好きになりかけていた。  シンデレラにでもなったつもりでいたわたしが愚かだった。  都合のいい夢を見ていただけだ。   「だって、見てくれはあんなにカッコよくて魅力的な男性だもの。仕方ないと思わない?」  首を傾げるリリーの頭を撫でる。  この子がいてくれてよかった。 「ほかの男の話か? 誰がカッコいいって?」  背後からジェイクの声が聞こえて、思わず肩がビクっと揺れる。    電話を終えたジェイクが戻ってきたらしい。 「ジェイがカッコよすぎて、わたしには不釣り合いよねって話していたのよ。ね、リリー?」  大げさにおどけて言い繕う。 「にゃーお」  リリーも助け舟を出してくれた。   「それはこっちのセリフだよ」  ジェイクが苦笑しながらわたしの横に腰かけた。 「早く俺たちが初めて会ったときのことを思い出してほしいな。俺は、ブレンダの勇ましい姿に惚れたんだから」    よくもそんなでまかせが言えるわね! わたしを「悪女」と書いた人が!  惚れたのはわたしじゃなくて、キンダーソン氏の遺産でしょう!? 「もう一度ブレンダに、好きになってもらうところから頑張るよ」  肩を抱き寄せられて虫唾が走った。  よくもまあこれだけ嘘が言えたものだ。もう二度と、あなたになびいたりなんてしないわ。    用事がある振りをして立ち上がろうか――そう思ったときだった。 「ところで、すまない。明後日どうしても外せない仕事があって、半日家を空けないといけないんだ」  ジェイクが申し訳なさそうに告げてきた。  ――――! これはチャンス到来だわ! 「ブレンダのことが心配だからキャンセルしようかとも思ったんだけど……」    甘えるようにジェイクの肩に頭を傾ける。 「そうね、ちょっと寂しいけど大丈夫よ。お仕事だもの、行ってきて。わたしはおとなしくリリーとお留守番しておくわね」 「わかった、そうするよ」  わたしはジェイクに頭を撫でられながら、明後日の段取りについて頭をフル回転させたのだった。  
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