第3章 疑惑

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 2日後。  玄関で、ジェイクが名残惜しそうにわたしの髪をなでる。   「なるべく早く帰ってくるから」 「ええ、待ってるわ」  ギュッとハグを交わして、車で出かけるジェイクを手を振って見送った。    車が見えなくなると、笑顔を引っ込めて手をだらんと下ろす。  ハハッと乾いた笑いが漏れた。ふたりで騙しあいをしているとは、なんて滑稽なんだろうか。  感傷に浸っている場合ではない、早く準備をしなければ!  わたしは足早に家の中へと入った。  ほどなくして、いつも通りの時間に配達員のフィンがやってきた。 「困ったことになったの」  顔を合わせるなり、そわそわ視線をさまよわせて演技をする。 「どうしました?」 「飼い猫の具合が突然悪くなってしまって……今日は彼が車で出かけているからタクシーを呼びたいんだけど連絡先がわからなくて……」   「それは大変ですね」  フィンは疑いの色もなく純粋に心配してくれている様子だ。  嘘をついていることに少々心が痛むけれど、致し方ない。   「申し訳ないけど、わたしの代わりに猫も乗れるタクシーを呼んでもらえないかしら」    お願い。頷いてちょうだい!    演技ではなく心の底から祈るように懇願したことが功を奏したのか、フィンは人のいい笑顔で応じてくれた。 「お安い御用です」 「ありがとう! 助かるわ」  よかった。あれこれ落ち着いたら、あらためてフィンにお礼をしようと誓った。    フィンが呼んでくれたタクシーは、15分ほどで到着した。  リリーを入れたケージを持ち、壊れたスマートフォンとルーマーの記事を忘れずにバッグに入れたことを確認して乗り込んだ。    防犯カメラにわたしの逃げる姿がバッチリ写っているだろうけど、かまやしない。  どうせここにはもう二度と戻るつもりはない。 「どちらまで?」  運転手が尋ねてくる。  行くあてならある。  これまでスマートフォンが使えず外にも出られないことで、わたしを守ってくれる人はジェイクしかいないと思っていた。  言葉巧みに思い込まされていたのかもしれない。    連絡先がわからなくても、直接行けばいいだけの話だったのに。  マスクとサングラスをすれば、顔だってバレやしない。  まずかかりつけの動物病院にリリーを預かってもらう。  その次に、学生時代からの友人であるキャシーの勤めるカフェを訪ねる。  1年前の記憶だから、もしかすると転職している可能性もあるけれど、そうだとしたら彼女の自宅に行ってみよう。   「タイラー通りの大きな交差点にある動物病院をご存じかしら。そこまでお願いします」 「かしこまりました」  タクシーがゆっくりと発進した。
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