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「やだ。ブレンダったら、なんて格好をしているの」
カウンターの向こうに立つキャシーが、プッと吹き出した。
いまのわたしはマスクにサングラス、髪はまとめてキャスケット帽の中に押し込むという、怪しさ極まりないいでたちだ。
カフェに入ってキャシーの姿を見つけたわたしは、駆け寄ってサングラスをずらした。
ここまでパパラッチらしき姿は見かけていないが、念のための対策としてこの格好をしている。
いや、うがった見方をすれば、あのパパラッチ自体がジェイクの仕込みだった可能性すらある。
パパラッチから守ることによって、わたしの信頼を手に入れたのだ。
ジェイクはわたしにパパラッチの悪口をさんざん言っていたけれど、仕事仲間だからよく知っていたのだといまならわかる。
キャシーが1年前の記憶と同じカフェで働いていてくれて助かった。
「今日は早番だから、あと30分ぐらいで上れるの。それまで待っててくれる?」
キャシーはわたしのただならぬ雰囲気を察知してくれたらしい。
「ありがとう。中で待たせてもらうわね」
少々遅いランチを食べて待つことにした。
目立たない奥の席を見つけ、外の通りから背を向けて座る。
カフェのサンドイッチは、マスタードがほどよくきいていて、いつも以上に美味しく感じられる。
ここ2日間、ジェイクと一緒にとる食事は味がまったくしなくて、苦痛以外のなにものでもなかった。
ホッと息をつきながらアイスコーヒーで喉を潤した。
このカフェを訪れる前に、リリーはかかりつけの動物病院にお願いして預かってもらっている。
万が一のことを考えて、ジェイクがわたしを追いかけてここに来てもリリーが連れ去られることのないよう先手を打っておいた。
「わたし以外の誰かがリリーを引き取りに来ても、絶対に渡さないでくださいね」
そうお願いすると、獣医は戸惑って怪訝な顔をした。
しかしわたしが小声で、
「わたしが世間を騒がせた件で、いろいろありまして……」
と言うと、納得してもらえた。
やはり、ブレンダ・リッチモンドがタブロイド紙にとり上げられ話題になったのは、まちがいないらしい。
次に銀行のATMへ行き、口座の残高確認をした。
予想以上の金額があることがわかった。
しかし、キンダーソン氏から莫大な遺産を引き継いだという記事が事実なら、もっととんでもない数のゼロが並んでいてもおかしくないはずなのだが……?
新たに口座を作ったのか、あの記事の内容が嘘だったのか。
次に携帯ショップへ行き、いますぐに使えるようにできる機種への交換を申し出た。
幸い店は空いていて、データの移行を1時間程度で済ませてくれることとなった。
それを待つ間にキャシーの務めるカフェに来たというわけだ。
ここまでは順調すぎるぐらいに順調だ。
食事と終えてほどなくして、キャシーがやってきた。
「お待たせ! 事故に遭ったって聞いて電話してもメールしても音沙汰なしだったから、心配してたのよ? 元気そうでよかった」
キャシーが笑顔でわたしの向かい側に座る。
「ケガはもう大丈夫よ、心配かけてごめんね。そのあといろいろあって……」
なにからどう説明しようかと、考えあぐねて言葉に詰まる。
キャシーがカフェにいるかってことばかりを気にして、会えたらどう説明しようかまで考えていなかったことに気づいた。
するとキャシーが笑顔を引っ込めて、わたしのほうへずいっと顔を寄せてきた。
「もしかして、ジェイクと喧嘩でもした?」
「――!」
わたしは絶句した。
キャシーの口ぶりはまるで、恋人同士の痴話喧嘩でもしたのかとでも言っているようだ。
どういうことかわからない。
わたしとジェイクは、そういった仲ではないはずなのに……?
混乱するわたしの目の前で、キャシーも首を傾げていた。
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