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「ねえ、キャシー。ジェイクってジェイク・ヘインズのこと?」
おそるおそる聞いてみる。
「もちろんよ。ブレンダのことを悪女だとかって書き立てた張本人でしょ。彼と付き合うことになるかもってあなたから聞いて、どれほど驚いたかわかる?」
またもやわたしは言葉を失った。
ジェイクとわたしは、直接の面識があったらしい。しかも、付き合うことになるかもしれないと、わたしはキャシーに相談していたようだ。
彼と出会ってからの諸事情をまったく思い出せない第三者的な立場でいるいまのわたしも、なぜよりによってそんな男と!? と、驚きを隠せない。
こめかみがズキズキ疼きはじめて、指で押さえた。
「大丈夫? ここでするような話じゃなさそうね。時間があるなら、うちに来る?」
キャシーの気遣いに素直に甘えることにした。
キャシーは独り暮らしだから、家にも気兼ねなくお邪魔できる。
「ありがとう。そうさせてもらえると、助かるわ」
キャシーとともにカフェを出ると、まず携帯ショップに向かった。
データ移行が終わり、ようやく使えるスマートフォンを手に入れた。
いますぐにあれこれ記録を確認したいとろこだが、それよりもキャシーの家に早く向かったほうがいいだろう。
こうしている間にも、わたしがいないことに気づいたジェイクが探しまわっているかもしれない。
タクシーを捕まえてキャシーのアパートへと急いだ。
部屋の中に入り変装グッズを外すと、開口一番キャシーに一番大事なことを告げる。
「実はわたし、交通事故のせいで1年分の記憶を失ったの」
「ええっ! そんなことあるの!?」
キャシーが灰色の目をまん丸に見開いて驚いている。
そんなことが現実に起こったから困っているのよ!
「それでいろいろあって、ジェイクから逃げてきたの」
座って落ち着くようにキャシーに促され、ソファーで淹れてもらったコーヒーをひと口飲んでから切り出した。
「まさか……暴力でも振るわれた?」
「ううん、その逆。気味悪いぐらい溺愛されてたわ」
キャシーがゲラゲラ笑いだした。
そんなキャシーを横目に、バッグからルーマー紙のあの記事を取り出す。
「なにかおかしいと思っていたら、こんなものを見つけてしまったの。騙されていたんだって思うと、ひどくショックで……」
不意に鼻の奥がツンとして、目の周りが熱くなった。
笑いを引っ込めたキャシーに頭をなでられて、涙腺が決壊する。
正直になんでも話せるキャシーと再会して安心したからなのか、それともジェイクの行動が理解できずに混乱しているのか、自分でもよくわからない。
泣くつもりなんてなかったのに……。
ひとしきり涙を流して発散したら、ようやく心が落ち着いてきた。
キャシーが優しく背中をなでてくれる。
「記憶がないせいで肝心なことを忘れているみたいだけど、ブレンダは確かにあの人のことが好きだったのよ。いまも好きだから、騙されたと思って苦しいんでしょう?」
わたしは小さく頷いた。
キャシーの言う通りだ。わたしはたしかに、ジェイクに惹かれていた。
わたしに触れてくる大きな手の温もりや甘い笑顔のすべてが虚構だったと気づいて、どれほど衝撃を受けたか……。
こんな悪質な内容の記事を書かれたのに、どうなったら彼のことを恋愛対象として好きになれるというのか。
「だって、あの男を信用できると思う?」
わたしが真面目に質問しているというのに、キャシーは「あははっ」と笑い出した。
「ちょっと、キャシー。笑わないでよ」
「だって! ブレンダったら、前も同じことを言ってたんだもの!」
なんだか滑稽だ。わたしは同じ過ちを何度も繰り返しているんだろうか。
「ブレンダがルーマーの編集部に乗り込んでいって、ジェイクにビンタしたこと、ほんとに覚えてないの?」
覚えてないわ。
ジェイクが「ブレンダの勇ましい姿に惚れた」って言ってたのは、そのこと!?
「ねえ、わたしとジェイクになにがあったのか教えてくれない?」
「オーケー。あたしの目線で見聞したことだから、真実とはちがうかもしれない。それだけは覚悟してね」
そう言って、キャシーは語りはじめた。
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