第1章 目覚め

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「ブレンダと知り合ったのは3カ月前だ。俺がきみに一目惚れして猛アタックしたんだよ。本当に覚えてない?」  これまでのわたしの人生において「一目惚れした」と言われたのは初めてかもしれない。  先ほど検査室へ行く途中のエレベーター内にあった鏡で確認したけれど、そこに映った姿はライトブラウンの髪にエメラルドの目を持つわたし自身だった。  美女に心だけ憑依したわけでもないらしい。  わたしの手を優しく握りながら語るジェイクは、相当男前の部類に入る容姿を持ち合わせている。おまけに仕草や口調からは、知性と大人の男の色気までにじみ出ている。  この人はきっと女性にモテるにちがいない。恋の相手に困ってなどいないだろう。  そんな魅力的な男性が平凡なわたしをどこでどう見初めたのか。 「わたしとあなたの職業は?」  もしかすると職場で知り合ったのだろうか。 「俺はフリーのライターをしている。ブレンダは無職だ」  ジェイクの返答を聞いて落胆した。わたしはまだ無職のままだったのかと。  残っている記憶の限りでは、4年間務めていた貿易会社が業績不振で突然倒産し、わたしは失業したところだった。  あれから1年経っているのだから、失業保険の支給も終わっているだろう。  肝心な部分の記憶が抜け落ちていてわからないけれど、わたしは再就職に向けた活動をしていなかったのだろうか。  どうやって食いつないでいたんだろう?  わたしの両親とは連絡を取り合っていないから、いまどこでどう暮らしているのかわからない。  先に浮気をして出ていったのは父で、その数年後に母も男を作って出ていった。10歳のわたしを置いて。  両親の連絡先は知らないし、いまさら連絡を取ろうとも思っていない。  わたしは母方の祖母に引き取られて大学卒業まで面倒をみてもらったが、その祖母もすでに天国へ召された。  おばあちゃんの存在を忘れていなくてよかった――目の前のジェイクには申し訳ないけど、祖母の優しい笑顔を思い浮かべてホッとする。  そんな身寄りのないわたしだからこそ、恋人のジェイクがわたしの付き添いをしてくれているのだと考えればたしかに納得だ。  収入のないわたしを支えてくれていたんだろうか。    職を失い途方に暮れたわたしは、暮らしている賃貸アパートの家賃やら生活費やらと貯蓄を天秤にかけて……ここまで考えてハッとした。  思わず体を起こそうとして、あちこちに激痛が走る。   「いたたっ!」 「突然どうしたんだ。大丈夫か?」  ジェイクも目を丸くして驚いている。 「リリーは!?」  縋るようにジェイクの腕を掴む。  するとジェイクは柔らかく微笑んでわたしの髪を撫でた。 「心配ない。俺が世話しているから」  よかった。  わたしは脱力しながら再びベッドに背中を預けた。  リリーとは、わたしの飼い猫だ。  ロシアンブルーのメスで、祖母が亡くなった喪失感を埋めるために飼いはじめた。 「ありがとう。早くリリーに会いたいわ」 「リリーのことは覚えているんだね。なんだか妬けるな」  ジェイクは苦笑しながら再びわたしの髪を撫でた。  
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