第1章 目覚め

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 目覚めた日から3日後にわたしは晴れて退院となった。  自動車にはねられた交通事故からは1週間が経とうとしている。  体のあちこちがまだ痛いし記憶も戻らないままだが、各種の検査で良好な値が出たためあとは自宅療養となった。  警察官が事故の状況の確認のために一度だけ病室を訪ねてきた。  主治医も立会いのもと、事故当時の記憶がすっぽり抜け落ちていることを説明すると、また記憶が戻ってからということになった。  朝ジェイクが迎えに来て、さあ帰ろうとなったところでわたしは青ざめた。  入院費と治療費の請求書に印字された請求額を見て愕然としたのだ。  事故に遭ったときわたしが持っていたバッグの中に保険カードが入っていたらしく全額自費にはならずにすんだのは不幸中の幸いだったけれど。  無職のわたしにこの金額が払えるんだろうか。  財布に入っているクレジットカードは果たして使えるのか。ダメ元でとりあえずカードを出してみようか。  使えないと言われたらどうしよう……。  請求書を見て固まっているわたしの肩にジェイクが腕を回す。 「とりあえず俺が払っておくから大丈夫。早く帰ろう」 「でも……」  わたしに返せる当てがあるんだろうか。 「ブレンダ」  まるで子供をたしなめるような声色でジェイクがわたしの名を口にする。 「もっと俺を頼ってほしいって、いつも言ってるだろう?」  残念なことにジェイクとのことは、なにひとつ覚えていない。  しかし育った環境のせいでわたしが人に甘えられない性格なのは確かだ。  ジェイクはわたしに関して、出身大学はもちろん倒産した貿易会社のことや2年前に祖母が他界していることも知っていた。  これまでもボーイフレンドがいなかったわけではないが、知り合ってたったの3カ月でこんなにも簡単にわたしが心を開いた男性がいただろうか。  それほどまでにジェイクにベタ惚れだったってこと……?  会計窓口でわたしに代わって会計を済ませているジェイクの大きな背中を眺めた。    そのとき、病院のロビーに腰かけるわたしにひとりの男性が近寄ってきた。 「ブレンダ・リッチモンドさん」 「はい」  名前を呼ばれて咄嗟に返事をした。  メガネをかけ、どこかおどおどした様子の中年男性だ。見覚えはない。  白衣は着ていないけれど、病院の関係者だろうか。 「事故に遭われたのは追いかけた私にも責任があります。申し訳なかった」  いきなり頭を下げられてなにがなにやらわからず、わたしの胸に困惑だけが広がってゆく。  わたしの事故は、追い回してくるこの人から逃げようとして赤信号の横断歩道に飛び出したことが原因だったってこと!?    どうしていいかわからず会計窓口のほうへ目を向けると、ジェイクが血相を変えてこちらへ駆け寄ってくるところだった。 「おい!」  ロビーに響き渡る大声を発しながら、ジェイクは乱暴に男の肩を掴んでわたしから遠ざけた。   「ブレンダに近寄るな。それと、慰謝料と入院費用はきっちり請求させてもらうからな」  ジェイクの顔が険しい。  どうやらジェイクは、この中年男性がわたしを追いかけていたことを知っているらしい。    中年男性は何度か振り返り頭を下げながら立ち去っていった。   「いまのは誰? 知り合い?」 「きみが事故に遭うきっかけを作った男だ」  ジェイクはわたしの肩を抱き、中年男性が病院の玄関を出ていくまでじっと睨み続けていた。
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