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「玄関に車を回そうと思っていたいけど、ブレンダをひとりにしてはおけないな。裏から出よう。そうすればすぐ駐車場だから」
ジェイクがわたしの肩をさらに引き寄せ、空いた手で荷物を持って玄関とは反対方向へと歩き出す。
「待って、どういうこと?」
「話はあとだ。きみが今日退院するって情報が漏れていたのかもしれない」
大股で早足になるジェイクに合わせるため、わたしは足を懸命に動かした。
どうなっているんだろう。
わたしは誰かに追われる身なわけ?
ジェイクの車は誰もが知る高級車だった。
男前の上にお金持ち。これまでのわたしの異性の趣味から大きく外れていることはまちがいない。
高級車を前に鼻白んでいたわたしだったけれど、急かされるように助手席に座らされた。
ジェイクの運転で車が動きはじめる。
病院の駐車場を出た途端、車の外でなにかが光ったような気がして窓からのぞくと、カメラをこちらに向けて撮影している人がいる。
しかもひとりではない。
「あの人たちはなに? ジェイクは有名人なの?」
職業はフリーのライターだと言っていたけど、兼業で芸能活動でもしているんだろうか。
あるいはどこかの財閥の御曹司とか……?
ジェイクは険しい顔のまま車を走らせている。
そして信号待ちで止まると、ふうっと小さく息を吐いた。
「有名なのはきみなんだ、ブレンダ。あれはパパラッチだよ」
「……え?」
まさか、そんなはずはない。
わたしはこれまで新聞や雑誌に顔や名前が載ったことなどないし、テレビ番組に出演したこともない。
なぜ地味に生きてきたわたしがパパラッチに写真を撮られるのか見当もつかない。
信号の色が変わる。
ジェイクがゆっくりと車を発進させながら続ける。
「事故のことがちょっとした話題になっていてね。大丈夫、きっとすぐにほとぼりが冷めるから」
戸惑いばかりが広がって言葉を失った。
打撲で済んだ交通事故の被害者がパパラッチに追いかけられることなんてあるんだろうか。
ジェイクはしきりにバックミラーを確認して、わたしたちを追跡してくる車やバイクがないか気にしている様子だ。
「よかった、誰もついてくる気配はないな」
ジェイクはホッとしたように表情を和らげたけれど、わたしの気持ちは落ち着かないままだ。
ジェイクがなにかを隠しているような気がしてならない。
悶々とそんなことを考えているうちに、窓の外に見慣れない光景が広がっていてギョッとした。
「ねえ! ここ、どこを走っているの?」
横に海が見える。
この車はどうやら海岸線を走っているようだが、わたしのアパートはもっと街中にある。
ジェイクはいったいわたしをどこへ連れて行こうとしているのか。
咄嗟に全身を硬くした。
「ごめん、病院だと誰がどこで聞いているかわからないから言えなかったんだ。俺たちの新居だよ」
「新居!? どういうこと?」
思わず大きな声が出た。
俺たちのってことは、ふたりで暮らす予定だったことになる。
付き合い始めて3か月で同棲?
わたしのこれまでの恋愛遍歴から考えると、にわかには信じがたい。
それなのにジェイクはもっと信じられないことを言った。
「本当は結婚してから一緒に住む予定だったんだが、きみのアパートはパパラッチが張り付いているかもしれないから、もう帰らないほうがいいと思って業者に頼んですでにアパートの荷物は全部運んである。もちろんリリーもね」
結婚!?
嘘でしょう……!
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