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第2章 新生活
新居はビーチを見下ろす高台にある白くて大きな邸宅だった。
広い芝生の庭もあり、ふたりと猫1匹で暮らすには贅沢な大きさだ。
周囲の住宅も敷地が広く、高い壁や生垣に囲われている。ここはまちがいなく高級住宅街だろう。
なにもかもがまぶしすぎる!
男前の金持ちと付き合いはじめてスピード結婚。新居は豪邸。
わたしたちの馴れ初めに関してジェイクはどう言っていたかしら。
たしか最初に声をかけたのはわたしのほうで、そんなわたしに彼が一目惚れしたって……。
冷静に考えれば考えるほど、そんなシンデレラストーリーが現実に起こるわけがないと思う。
もしやわたしは事故のせいで違う世界に飛ばされてしまったのではないか――ファンタジー小説のようなことまで連想する急展開に頭が追い付かない。
わたしは実感がないままふわふわした足取りで、大きなドアの前まで歩いた。
ジェイクが開錠してドアを開け、わたしの背中を優しく押す。
戸惑いながらも促されるままに中へと足を踏み入れた。
「ブレンダ」
わたしの名を呼ぶジェイクの声に、いつもとは違う熱が込められている。
「ハグしてもいい?」
思いもよらぬジェイクの一言に狼狽するわたしの背後でドアが閉まる音が聞こえた。
わたしはジェイクのことをまだ何ひとつ思い出せていない。
でも入院中に献身的にお世話してもらったことで印象はとてもいいし、異性として好意を持ちはじめているのも確かだ。
結婚目前だったということは、記憶を失う前のわたしたちは蜜月生活を送っていたんだろうか。
当然ハグやキスだけでなく、もっと先のことまでしていたのだろう。
思い出そうとすると頭の中がモヤモヤして気分が悪くなるから無理しなくていいと医者にも言われている。
そのもどかしさとジェイクに対する申し訳なさとで複雑な気持ちになりながら、わたしは合間に頷いた。
肩を引き寄せられて、ジェイクの腕の中に捕らわれる。
ぎゅうっと抱きしめられて頬を寄せれば、シャツの上からでも筋肉質なたくましい胸板の感触が伝わってきて、心臓がドキンと跳ねた。
「ブレンダ」
さらに熱っぽく耳元でささやかれる。
「やっと思う存分ブレンダに触れられる」
わたしの髪に顔をうずめるジェイクの背中に、戸惑いながら腕を伸ばして抱きしめ返した。
「わたしは随分ジェイに愛されていたのね」
「そうだよ、ブレンダ。愛してる」
至近距離で目が合う。
ジェイクの顔がさらに近づいてきた時だった。
「ひゃっ!」
突然足首をふわふわしたもので撫でられたような感覚に驚いて、思わずジェイクの胸を押した。
視線を落とせば足元に愛猫のリリーがいる。わたしに気づいて甘えに来たのだろう。
「リリー! よかった、元気そうね!」
抱き上げて頬をすり寄せる。
毛づやもいいし、新居にも慣れたのかリラックスしている様子にホッとした。
「ジェイ、リリーの世話までしてくれてありがとう」
「なんてことないよ。リリーはいい子だからね。まさかキスの邪魔をされるとは思ってなかったけど」
リリーが来なければ、わたしはあのままジェイクのキスを受け入れていただろう。
それがいいことなのか悪いことなのか、判断がつかない。
ジェイクは家の中を一通り案内してくれた。
室内はまるで宮殿のように広くて整っている。
「ここがブレンダの部屋」
2階にはわたしの部屋も用意してあった。
「アパートの荷物と家具はとりあえず全部ここに運んだから」
見慣れた家具が並ぶ部屋をぐるりと見まわした。
「ありがとう」
ワンルームだったわたしのアパートよりも広い。
「で、隣がふたりの寝室」
次の部屋には、大きなダブルベッドが置かれていた。隣のわたしの部屋の倍ぐらいの広さがある。
ふたり、とはもちろんジェイクとわたしのことだろう。
複雑な心境で無言になるわたしに向かって、ジェイクがいたずらっぽく笑いながら問うてくる。
「今夜はどっちで寝る?」
「し、しばらくは、自分の部屋の慣れたベッドで寝るわ!」
顔がかあっと熱くなるのを感じながら、どうにか答えたのだった。
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