出発

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出発

――希告山って、たしかホラゲの舞台になったとこじゃなかったっけ? 過去に一時期話題になった無料ゲームのタイトルが後ろからついてくる。『仄暗い深淵からの使者』、ああ、そういえばそんなゲームあったな、と思う。 俺は今から出発する旨を伝えて、生配信を終えた。 動画にするわけだから、全部ではないがところどころ撮影をする。景色のいいところや難所みたいな見せ場にバッテリー切れ、なんてことがないように準備もしてある。とはいえ、他の機材や登山用品などもあって重量や体力の問題もあるから、ルートも含めて事前にたてた計画どおりに遂行することがだいじだ。準備からバランスの絶妙な最適化がゲーム感覚で、大学生の頃の登山の経験も活かされて、わくわくする。 ザックを背負って歩き始めると、独特な匂いが風に乗って鼻を刺激した。希告山は温泉郷が近くて、硫黄が主成分らしい。今日のために前泊した俺も温泉に浸かりたかったが、予算の都合上、ビジネスホテルに泊まった。 実際にライムさんと会ったのは、昨日が初めてだった。思っていたとおり気さくで面白い人で、俺がとった部屋で缶ビールを飲みながら最終的な打ち合わせをしたのだった。 絶対に面白い動画にしたい、そう奮い立ちながら歩を進める。登山道は舗装されていて序盤はなだらかだ。辺りの景色を楽しむ余裕もまだある。 ばさばさっと羽音がして、目をやる。黒いカラスだ。街中ではよく見かけるが、こんな山中に珍しい。観光客が残したゴミを漁るのだろうか。少し不吉な感じがしたのは、先程ちらりと話題に上がったゲームタイトルのせいかもしれない。
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