山は紅に水は仄かなり

萌芽

ザックの中に入れていた携帯充電池がひとつない。確か、３つはあったはずだ。水分補給もしようと思って中を見たときに気がついた。荷物を取り出し、くまなく探してみたが、やはりない。おかしい、昨夜は確認をして、ちゃんとあったはずだ。何処かで落としたか？　いや、そんなはずはない。いくつもあるポケットをすべて何度も探ったが、紛れ込んでいることもない。先程動画やらを予定外に見てしまったことに、急に身体の奥底に焦燥感が燻る。
取り敢えず、次の撮影ポイントである５合目まで到達したい。時計を見る。予定より数分遅れただけだ、たいしたことはない。俺は深呼吸をした。そう、予想外なことがあったが、これはまだ取り戻せるはずだ、これ以上無駄なことをしなければ、充電は何とかなるはずだ、このままいけば。こんなアクシデントも動画にすれば、おいしい、に変換できる。だから、大丈夫だ。
中腹に入る頃から足元ががたつき、勾配がきつくなってくる。ここからが正念場だ。序盤は初心者でも歩けるコースでいくらか人影があったが、今は自分ひとりしか見当たらなかった。平日だから、そもそも人が少ないのかもしれない。
「よし、このあたりで配信かな」
GPSで位置を見て、ここが予定の場所であることを確認したが、少しでも電池を節約したくて、一旦機能を止めることにした。配信時間も少し短めにしよう。機材を取り出しながら、今からの喋りの構成を考える。
「こんにちはー、どうも、聞こえますか？」