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黒いバンが入っていったのは、古いビルだった。クリーム色の外壁は薄汚れ、ひび割れている。汐里の着ていたあの素敵なワンピースには不釣り合いである。
流石にビルに入るわけにはいかず、早瀬はその手前でタクシーを停めさせた。かなり長いドライブで、費用がかさんでしまったが、仕方ない。
代金を支払い、早瀬たちはタクシーを降りた。
「君は帰れ」
早瀬は、鳴海に言った。
「これ以上は危険だ」
「あなたはどうするの?」
「ここで彼女が出てくるのを待つ」
「この炎天下で?」
鳴海が言う。今は真夏だ。まもなくお昼時を迎えるこの頃、太陽は雲の一切ない青空から肌を刺すような熱を放っている。
「それに、こんなところじゃバレバレよ。少なくとも、撃った男には顔を見られてるわ」
「じゃあどうしろって言うんだ」
そう言うと、鳴海は親指でビルの対面にあるホテルを指した。それも普通のホテルではない。やけにゴージャスな、まるで城のような外装だ。
「ラブホテルじゃないか」
「張るには絶好でしょ」
「そうだけど……」
「仕事、クビになってもいいのね」
鳴海はきっぱりと言う。背水の陣である早瀬にとっては、大きな弱みだった。それにいくら張り込みとはいえ、こんなホテルには男一人では入れない。
「仕方ない……」
「じゃあ、行きましょう」
鳴海は勝ち誇った顔で、早瀬の腕を引っ張って、ずんずんとホテルの自動ドアに向かっていった。
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