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【――結局、逃げるのが勝ちなんだ】
遠くから店長の声が聞こえて、甥の小さな頭すれすれにゴルフクラブが軌道を変える。
あまりの恐怖に、甥はそのまま廊下で気絶した。寝室から、リビングから、うめき声が聞こえてきて、完全に蘇った黄ばんだ過去が、悪夢から解放されたいという気持ちが、俺を玄関近くの電話機へと促して、ダイヤルボタンを強く押させる。
◆
アト 一回
まだ、俺は、やりなおせる。
◆
「すいません、救急車と警察をお願いします。ついでに、俺を殺人未遂で逮捕してくれませんか? はい、よろしくお願いします」
言った途端に、肩の荷が下りた気がした。
目の前の光景が鮮明に見えて、己の中にある黄ばんだ過去が色褪せて、琥珀色のように澄んで、穏やかな色調に落ち着く感覚。
これで、やっと、終わったんだ。
血まみれのゴルフクラブを手放してへたり込む俺は、ガラスの引き戸の向こう側で、黄金に輝く夏日に目を細めた。
今の俺も、あの時の店長の時と同じように、身体の輪郭が金色に縁どられているのだろうか。
「ごめんなさい」
果たして俺は、誰に謝っているのだろう。
殺しかけた甥か、首をちぎったウサギのぬいぐるみか、リモートワークを勧めてくれて、親身になってくれた職場の仲間たちか、生き残った後も介護を必要とする両親か、姉の旦那か、妊娠した弟の彼女か、それとも、ゲーセンが潰れて、今はどこにいるのか分からない店長なのか。
玄関の戸が開いたと同時に、俺の身体は強烈な黄金の光に包まれて、跡形もなく呑み込まれた。
【了】
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