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「みんなストファイに夢中だったから油断した。怖い思いをさせちまって悪かった。この通りだ」
店長は幼い俺をゲーセンの二階にある事務所に連れて行き、お菓子と麦茶を出して頭を下げた。
学校のイスよりも柔らかなソファーに座らせられた俺は、店長の顔と出されたお菓子を交互に見ながら、小さく身を強張らせる。
「なんだ? 菓子、キライか?」
「ちがい、ます。みんなの、話と、ちがうから」
「あー」
と、脱力して俺に背を向けて窓を見る店長。
黄色い夏日を浴びて、店長の身体が黄金に縁どられていくのを見た時、俺の中で、急に申し訳ない気分がこみあげてきた。
恐らく、俺を助けてくれたであろう恩人にとるべき態度ではないし、背を向けたのは、子供の俺を怖がらせないための配慮だと分かったから、俺は、なおさら申し訳なく声を絞り出した。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「いーて、いーて、それで、オレ、なんて噂されてんの?」
「ここのジヌシのアイジンの息子で、ヤクザとつながっていて、口裂け女が恋人で、隠れて死体を食べているって」
「はぁ、なんだそりゃっ!? 死体なんか食べないし、子供の想像力はたくましすぎるなぁ」
ハハハハ……。
寂しそうに笑う店長は「あのぬいぐるみたちは、奥の倉庫に保管するから安心しろ」と俺に言う。
「あのっ、あの、ぬいぐるみたちって」
「あぁ、いわく付きの遺品だよ。故人にとっては大切だけど、他人にとってはゴミで、供養に出してもらえなかった上に、大切な家族と一緒の墓にも入れてもらえなかった、かわいそうな連中さ。しかも手作り感が強いから売り物にもならないし、捨てるには気が咎めるから、オレのとこに押しつけてきたってわけで、そんでUFOキャッチャーの景品にすればいいってアイディアに、押し切られちまった。そいつ等の言い分は、自販機でエロ本を売っているよりは健全なんだそうだ。世話になった筋の連中だから、無下にはできなかったんだよ」
「……俺、そんなにヤバかったですか?」
「あぁ、黒い靄がお前を包んでいた。このままだとヤバいって思ったら、体が勝手に動いていた」
「そうですか」
しゅんとする幼い俺は、自分が見た光景を思い出して首を振る。
過去にあった理不尽な死の形。
大人になって、家族を殺した俺の未来。
出口を求めて、お互いがお互いを融合させて、キメラの異形と化したぬいぐるみたちは、ただひたすら愛情を求めて俺に同調し、見たくもない悲惨な未来を俺に見せた。
その意図を知りたくもないし、考えたくもない。
「……怖い夢を見ました。大人になって、家族を殺す夢を」
「そうか」
「どうすれば、こんな未来を回避できますか?」
このセリフは幼い俺が言ったのか、大人になった俺が、幼い俺の口を借りて行ったのか定かではない。ただ、店長は背を向けたままの状態で、はっきり言う。
「うーん。殺すのは行為であって、死んだかどうかは確定じゃない。相手のことを死んで欲しくないって思ってんなら、逃げるのもまた手だ」
「逃げる?」
「あぁ、無責任だけど。殺したい相手が近くにいないなら、殺したくても殺せないだろ?」
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