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思い出の景色を、美しい琥珀色へとろ過するには、どれくらいの年月が必要なんだろう。
俺が思い出を振り返ると、景色が黄ばんで黒い靄が揺らめいて見える。
次にタバコの苦い匂いと、猥雑なBGM、肌を舐める温度、そして……。
アト 1回
赤く、赤く、点滅する、UFOキャッチャーのデジタル表記。
『おじちゃんに、これあげる! クレーンゲームで取ってきたの!』
そう言って、意気揚々と俺にぬいぐるみをプレゼントする五歳の甥っ子は、すごいでしょ! ほめて! っと、期待に目を輝かせて見上げてくる。
俺は苦笑いをしながら「スゴイな!」「よく取れたな」と言いつつ、親の介護から逃げて、口だけ出してくる姉の存在に胃の辺りが重くなった。
お盆の帰省。けれども両親が倒れてから、姉は甥だけを連れて適当に墓参りを済ませ、親と一時間にも満たない会話に満足し、いそいそと帰るようになった。ついでに、俺に対して、小言と金の無心。甥を私立に進学させたいのだと、目を潤ませて同情心を誘う見事なコンボは、俺を血の繋がった弟ではなく、なにを要求しても許される存在として見下しているのがイヤでも分かる。
歳の離れた弟もそんなカンジだから、頭が痛い。
「まぁ、今年は甥がプレゼントをくれたし。マシな方かな」
俺はぬいぐるみをじっと見た。
ウサギをデフォルメした、30cmにも満たないぬいぐるみ。
最初は微笑ましい気持ちで眺めていたのに、心がじくじくと痛みを訴えて黒い血を流し始める。
「郁夫! 早く来なさいよ! まったく、お姉ちゃんと比べて、お前はクズだねぇ! お兄ちゃんのクセに情けない。そう思うでしょう? お父さん!」
寝室から母の怒鳴り声が聞こえた瞬間
手の中でぶちりと音を立てて
ぬいぐるみの
首が
とれ
た。
◆
アト 1回
◆
赤く、赤く、点滅する、UFOキャッチャーのデジタル表記。
幼い頃に、思わず関わってしまった出来事が、黄ばんだ景色の中で揺らめく黒い靄が、身体だけ大人になった俺をせせら笑って舌を出す。
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