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3.王都イデリア
◇
『親愛なるカイル・ラバール様
君は王都で七年に一度行われる、星祭を知っているか。
景星が一際輝くこの祭の夜に、星空の下で星粒を食べさせ合った二人は結ばれるなどというお伽話があるらしい。
どこぞの菓子屋がその昔流した出鱈目だなんて噂もあるが、どうやら王都の若い娘たちはこのお伽話に夢中なようだ。
私はもうじき王都へ帰る。
カイル、君も一緒に来ないか。
星祭の間だけでもいい。君に王都を案内したい。
馬鹿げたお伽話にちなんだ遊びに興じるくらいは、きっと私たちにも許される。
私が王都に戻る日までに、答えをくれると嬉しい。
ユリウス・エルムガルド・ハイン』
古くなって黄ばんだその手紙が入った封筒を、ユーリは十数年ぶりに木箱の中から取り出した。
ここはラバールの診療所の二階の奥の小さな倉庫。ユーリの宝物やら着替えやら、そんなものを詰め込んだユーリのための場所だ。
そこでユーリは大きなカバンの中に詰め込んだ数日分の着替えの中に、そっとその手紙を紛れ込ませた。
――わざわざ自分から過去の過ちを話さなくったっていいじゃないか。黙っていれば、カイルはこのままおまえのもんだろ?
足元にちょこんと座った真っ黒な狐。
カーテンの隙間から差し込んだ朝の日差しが、倉庫内に舞う埃を照らして、その中で黒い狐はユーリのことを見上げている。
ユーリは首を横に振った。
「僕は決めたんだ。手紙のことをユリウスに話す。カイルとユリウスは本当は好き同士なんだ。あの時僕のせいでうまくいかなかったんだから、今度こそ二人を一緒にしてあげたい」
ユーリはカバンの口を閉じ、通った紐をぎゅっと引っ張りキツく結んだ。
――今更遅いさ。そんな余計なことしない方がおまえは……
「ユーリ! もう時間だぞ! どこにいる?」
廊下の向こうからカイルが呼ぶ声がする。
ユーリは「はぁい」と返事をしてから足元に視線を戻した。そこにはもう黒い狐の姿はなくて、ただゆらゆらと埃だけが舞っていた。
ユハネ王国のお腹の辺りを指でぐっと押し込んで、そうしてできたような西側だけが海に向かって開いた内海がある。
その南側にあるのが、ユーリとカイルが暮らすササルの街。そして北側にあるのがユリウスのいる王都イデリアだ。
ササルから王都に東に回って陸路で行くよりも、船に乗って内海を渡る方が速い。しかし、王都の港は厳戒な警備が敷かれていて、特別に許可を得た船しか入れないのだ。
だから漁船や他国からの貿易船はいったんみなササルの港に錨を下ろす。そこで厳しい検閲などが行われ、それを通った品々が王都の港に運び込まれるのだ。
「だから、ササルでは大衆的な魚介類も王都ではべらぼうに高いんだ」
船端で海風を浴び、進行方向に見える王城の姿に視線をあげてカイルが言った。
傍で今まさに、王都とササルの情勢についてユーリに解説していたデレクは、カイルの茶々にゴホンと一つ咳払いをした。
デレクが診療所を訪れてから三日後、王都行きを決めたことをデレクに伝えると、デレクは気が変わらないうちにとすぐさま船を手配した。そしてその三日後の今日、カイルが仕事の引き継ぎやらに目処をつけたのを見計らって、ユーリとカイルは早々に王都に向かって出立したのだ。
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