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手配された輸送船には、デレクと数名の船乗り、そして護衛らしき騎士が三人乗り合わせている。一般の客はいないようなので、おそらくユーリらのために用意してくれた船なのだろう。
「ですが、検閲が厳重化される前は、人身売買、違法薬物や危険な魔具や呪具などの密輸が横行しておりましたからな、国の治安維持のためには致し方ないのですよ」
デレクは背後で手を組みながら、なんとも誇らしげに胸を逸せて顎を持ち上げている。
「この制度を推奨されたのは他でもない、ユリウス王太子様でございます。ユリウス様は、異国から違法に連れ込まれた孤児や動物たちが不当な扱いを受けている事実に心を痛め、彼らの尊厳を守るための制度と、さらにそのようなものたちがこれ以上増えないようにと」
まだうんちゃらかんちゃら話し続けるデレクを前に、ユーリは「ふぁっ」と大きなあくびを一つした。それに気づいたデレクが言葉を止めたのを見て、カイルは「くくっ」と溢れた笑いを手の甲で隠している。
「オホンッ、とにかく、ユリウス殿下はあなたのような不幸な生い立ちを背負う者を無くそうと尽力なされているのです」
とにかくユリウスは偉いのだ、とデレクは言いたかったようだ。
「不幸な生い立ち……」
ユーリは小さく呟いた。
とても小さい子供の頃、ユーリは檻に入れられ何日も何日も船に揺られてこのササルの街にやってきた。
三角耳と尻尾がついた獣人はこのユハネ王国ではとても珍しいらしく、高値で売れるからと、異国から連れ去られてきたのだ。
そんなユーリを保護したのが、その頃まだ十代の少年だったカイルだ。そこからユーリはずっとカイルの診療所で暮らしている。
少ししてから、表向きササル式医術への知見を深めるという名目で、ユリウスも診療所に長期滞在することになった。
そこから一年ほどはユリウスもカイルのお祖父さんのオユも一緒だったし、今でもカイルはずっと一緒だ。診療所の助手たちもいて、毎日患者もくる。みんなユーリに優しかった。
「不幸ではないと思うのだけど」
ユーリがポツリと呟き、カイルのローブの裾を掴んだのを見て、慌てたのはデレクだった。
「申し訳ない! 少し言葉が悪うございました!」
素直に頭を下げたデレクにユーリは気にしないでと首を振った。
「いやはや、それにしても本当に、ふむふむ」
反省の時間はすぐさま終了したらしく、顔を持ち上げたデレクは、改めて顎に手を当ててその長身からまたユーリの姿を見下ろした。
「いやぁ、そのローブお待ちして良かったですな、とてもお似合いですぞ」
ユーリが今着ているローブは紺桔梗の布地に金のパイピングが施された上等な物だ。デレクがユーリにと持ってきてくれたのだ。
首元の留め具には繊細な作りの装飾がされていて、あんまり深く俯くとチクチク顎に刺さるのだけど、布地は軽くて着心地がいい。丈が長いから、出したままの尻尾もすっぽり隠れているし、フードをかぶれば三角耳も誰にも見えない。ユーリは袖を通した瞬間に、このローブが気に入ってしまった。
「お若い頃にユリウス様がお召しになられていた者なのです」
目尻を下げて微笑みながら、デレクは言った。
王都に溶け込み目立たぬように動くためには、それ相応に身なりに気を使う必要がある。「私のローブを持って行ってやりなさい」という、ユリウスの気遣いだそうだ。「カイルは装いに無頓着なところがあるから」、などというユリウスの余計な発言までもをデレクが言い伝えたせいで、欄干にもたれたカイルは「ふん」と不機嫌そうな息を吐いた。
そのカイルはいつものヨレヨレではないものの、シンプルなシャツと幅広のズボンの上に、装飾もなく機能性だけを重視した深緑色のローブを羽織っている。
「本当に、ユーリ様はユリウス殿下とよく似ておられる」
デレクは大きな体を丸めるように、目線を合わせてユーリの顔をデレデレと眺めた。
あんまり見られるものだから、ユーリはついつい後ずさって、カイルにしがみついてその影に身を隠した。
そんなユーリの仕草ですら微笑ましげに見つめたデレクは、唐突に何かを思い出したように、手のひらの上にポンと拳を打ちつけた。
「そうでした、焼き菓子をご用意しておりますぞ! 港に着くまでにまだ少しございますから、お茶をご用意しましょう! あの焼き菓子はユリウス王子の大好物でしてね、まだ王子が幼い頃に(うんたらかんたら)その時のユリウス王子といったら、それはそれは(うんたらかんたら)、私はその時確信いたしました! まさにこのお方こそが(うんたらかんたら)」
上機嫌に一人で話しながら、デレクは船室へと歩いて行った。
「あいつ、変態かもしれないな? おまえ、気をつけろよ?」
しがみついたユーリを見下ろし、カイルが本気と軽口の間くらいの調子でそう言った。
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