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4.ユリウス王子
◇
王城に着いてすぐ、ユーリとカイルは謁見の間に通された。
祭の前に挨拶と称して王を尋ねる客人は多い。しかし、それらの客人を差し置いてユーリとカイルの到着を知ったハイネル国王は、直ぐにこの場を整えてくれたようだ。
謁見の間の最奥に施された小上がりに、榻背の高い立派な椅子が二脚並べられていて、左の椅子にハイネル国王が座している。
右側の椅子に奥ゆかしく膝に手を置き座しているのは、かつてカイルの祖父であるオユ・ラバールがササル式医術でその命を救ったというマラル王妃だろう。
マラルは元々王族の遠縁である公爵家の御息女だったそうで、ハイネル国王もマラル王妃も、王家の証である亜麻色の髪と透けるような淡いブルーの瞳をしていた。それはユリウスと同じ、そして、ユーリとも同じ色だ。
「おお、なんと、これは想像以上だな」
挨拶もそこそこに、ハイネル王はユーリの姿を見て感嘆した。
マラル王妃も目を丸く見開いた後、ぱあと花が咲いたようにその高貴な顔を綻ばせた。
「ここまで似ているとは驚きだ。どれ、近くに来てもう少しよく見せてくれないか」
ハイネル王は、少し離れた位置でカイルに習って片膝をついてかしずくユーリに手招きをした。
ハイネル王の周囲には鎧を着た屈強な騎士たちが剣を携え仰々しく立ち並んでいて、まるで見えない壁を作っているかのような迫力があった。
しかし、ユーリがハイネル国王に対して何故か親しみを覚えたのは、年を重ねて皺の寄った目元と少し骨ばったその表情の中に、ユリウスの面影を見たからだ。きっとユリウスの壮年期は、このハイネル国王のように微笑むのだろうと思うと、ユーリの表情は自然と緩んだ。
ユーリがずらしていたフードを脱ぐと、王と王妃はより一層、その綺麗な瞳を見開いた。
「まあ、可愛らしい」
慎ましく小さな口元でそう言ったのは王妃だ。王妃はユーリの三角耳とふわふわ尻尾にたいそうお喜びのようだ。「さわってもいいかしら」なんて言われて、ユーリは「ちょっとだけなら」と答えながら、もじもじ尻尾を差し出した。女性にそんなふうに面と向かって言われるのが久しぶりだったので、ユーリはなんだか照れてしまった。
「保護した獣人と聞いたが、なぜここまでユリウスと姿が似ているのだ」
王にそう尋ねられたのは、ユーリではなくカイルだった。ユーリは王妃に尻尾をつんつん突かれ耳をくにくに握られて、すっかりデレた顔をしていたから、話ができないと思われたのかもしれない。
「東洋の妖狐の類のようなのですが、ハッキリとはわかりません。なんでか少し人間より成長が遅いのですが……その子は昔からずっとその姿のまま成長を続けていますので、化けているのではなくもともとそういう姿なのではないかと思います」
カイルの答えに、王は「ほほう」と唸って自らの顎を撫でた。
「して、私の頼みはデレクから聞いたか」
とうとう本題を話し始めた様子の王に、カイルがぐっと身構え息を呑んだのがわかった。
ユーリは王妃に会釈をすると、とことこ小上がりを降りてカイルの隣に場所を戻した。
「はい……」
俯き、つま先の少し先に視線を落としたカイルは絞り出すように王の言葉に頷いた。
その様子に、王は何かを察したようだ。少し慌てた様子で手を払う仕草をすると「まずは私の話を聞いてほしい」と言った。
「デレクからも聞いていると思うが、とにかく王都に来て欲しいと言ったのは、ユーリ君が来るのなら、必ず君もついてくるはずとユリウスに聞いたからなのだよ」
王の言葉に、カイルは顔を上げた。
ユーリはどうしていればいいのかよくわからなくて、膝をつき低い姿勢を保ったままのカイルの背中にしがみついている。
「お命を狙われているというのは本当なのですか」
カイルの問いに、王は頷いた。
「君も知っての通り、このユハネ王国は王宮医術を神の御技と崇め、医術師たちを神の代弁者としてきた」
「人の生死を司るのは神の所業」
カイルが呟いたのは、王宮医術に関する教本の必ず最初に書かれている一文だ。
ユーリは文字が少しだけ読める。カイルやユリウス、オユや助手たちに少しずつ教えてもらってきたからだ。難しい医術はわからないけれど、盗み見たカイルの書物の中で、ユーリもその言葉を何度か目にしたことがあった。
王はカイルの言葉にこくりと頷く。
「君の祖父、オユ・ラバールに、我が王妃は命を救われた……私は王宮医術を蔑ろにしているわけではないが、マラル王妃の命を救ったのは、君らの扱うササル式医術。その技術をもつ君たちに私が敬意を払うのは当然のことだ」
「しかし、それをよく思わない者がいると」
言いながら、カイルはチラリと顔を上げた。王の周囲にいる騎士たちの動きを確かめたようだ。王がそんなカイルに「この者らは大丈夫だ」と告げると、カイルは頷き言葉を続けた。
「つまり私を呼び寄せたかったのは、王宮医術師たちが信頼できないから、ということですね」
また王は頷いた。
「私やユリウス王太子がササル式医術に心酔している、などと言うものがいる。王宮医術師達の中にはそんな私たちに反感を抱くものが多いのだろう。そこにきて、この祭に乗じて事が起きるなどというきな臭い話が上がってきてな、もちろん万全を期して警備は強化しているし、信頼できる者も多くいる」
「しかし、もしも王や王太子が怪我をするような事態になれば、反感を抱く王宮医術師たちに治療を任せるのは危険だと」
王はもう一度頷き、深くため息をついた。
「そういう事であれば、私がお力になれましょう。むしろ最初からそのようにおっしゃって頂ければ良かったのに」
カイルが言うと、王は少し気まずげに視線を横に滑らせた。
「いや、その、な、我が子にそっくりな狐の獣人とやらに、どうしても会ってみたくてな……」
「あなたを直接呼ぶだけでは、ユーリ君を連れてきてくれないかもしれないって、ユリウス王子の入れ知恵なのよ」
王妃は王の言葉にそう付け足して、屈託なく微笑んだ。
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