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◇
「つまり、お前を身代わりにさせたいってのは二の次で、俺をここに呼び寄せたかったわけだな」
王との謁見を終え、今度はデレクに案内されながら、ユーリとカイルは中庭に続く回廊を歩いている。
カイルの言葉に、ユーリは少し口を尖らせながら、不満を表すようにつま先で床をコツンと蹴った。
「僕がおまけなの?」
「そういうことだな」
カイルは安堵したようでもあるが、一方で大命を受けどこか緊張しているようにも見える。先ほどカイルはデレクに、ササルの診療所から医療器具と薬剤とともに一番優秀な助手を呼び寄せるようにと頼んでいた。
回廊は大きな二枚扉を挟んで、外廊下と繋がっていた。さらにそこを進むと中庭に出た。その先に、ガラス張りの温室がみえる。鮮やかな花々が咲くのが透けるその場所を示し、デレクはあちらですと微笑んだ。
「ユリウス!」
温室の入り口を入り、正面にある草花に囲まれた空間に、ユハネ王国第一王子、ユリウス・エルムガルド・ハインは佇んでいた。
ユリウスは公務の合間なのか、随分と畏まった装いだ。灰色の下履きにに合わせた紺桔梗色の上着には金のパイピングや肩章が施されている。
背筋を伸ばしたまま振り返り、鷹揚に微笑んだユリウスに、ユーリは両手を広げて駆け寄った。
「ユーリ! 私の可愛い子狐、元気にしていたか?」
飛びついたユーリの体を受け止め、ユリウスはこれでもかというほど尻尾をもふもふしながら、三角耳をコリコリと撫でた。
「ひゃうっ! ユリウス、くすぐったい!」
ユーリがコロコロ笑いながら身を捩ると、ユリウスは「顔をよく見せてくれ」と言いながら、ユーリの両頬を手のひらで挟んだ。
「うん、相変わらず、美しい顔だ」
惚気るように瞼を細めたユリウスに、後ろでカイルが「同じ顔で何言ってんだ」と呟いている。
久しぶりに会ったユリウスはユーリより少し背が高くて、少し大人びた顔をしていた。
しかし、王や王妃が驚いていたように、ユーリとユリウスの見た目は本当によく似ていて、身内や近しい人ですら、遠目ではわからないかもしれない。
「カイルも久しいな」
「これはこれは、ユリウス王太子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
カイルはそう言いながら、わざとらしく片手を腹の上におき、ゆっくりと頭を下げた。
「よしてくれよ、私たちだけの時は昔のように気軽に話してくれ」
デレクは温室の扉の外でこちらに背を向けて立っている。ユリウスの脇には二人の護衛騎士が立っていたけれど、彼らは数えなくて良いようだ。
ユリウスの言葉を受けて、カイルがわざとらしく張っていた肩の力を抜き「久しぶりだな、ユリウス」と言うと、二人は手を握り合って挨拶の抱擁を交わした。
「妙な呼び出し方をしてすまなかったな、少し内情が込み入ってしまっていて」
「陛下は濁していらっしゃったが、王宮医術師の手前、素直にラバール家の人間を招待する事ができなかったんだろ?」
「相変わらず、カイルは察しがいいな」
ユリウスはそう言って微笑むと、傍に並べられた白いガーデンテーブルの席を勧めてくれた。
ユーリとカイルが促されるまま腰を下ろすと、ワゴンに乗せた紅茶とお菓子が運ばれてきた。畏まった装いの初老の男が、静かにそれらをテーブルの上に並べていく。
ユーリはお茶とお菓子に胸をときめかせる一方で、二人の会話が引っかかっていた。
「やっぱり、僕はおまけなの?」
そう言って俯くと、隣に座ったユリウスがユーリの膨らんだ頬を突いた。
「おまけなんかじゃないのよ、私も国王陛下もおまえに会いたかったんだ。あぁ、ユーリはむくれていても可愛らしいなぁ」
そう言って溶けそうな笑顔を浮かべるユリウスの様子を見たカイルは、乾いた笑みを浮かべている。
「カイル、ユーリ、あえて包み隠さず話すがいいか」
少しして、唐突にユリウスが声の調子を変えたので、ユーリもカイルも姿勢を正して座り直した。
「ユーリに身代わりになって欲しいという件、引き受けてはもらえないだろうか」
ユリウスのその言葉にカイルの眉がぴくりと揺れ、その口元から「なんだって?」と緊迫した声が漏れた。
「この件については、陛下には私から話すと申し伝えていたんだ、だから陛下からはカイルの滞在についてしか言及はなかっただろう?」
「ああ、陛下は身代わりの件については、俺をここに呼び出すための口実だというようなことをおっしゃっていたと思うが」
ユリウスはカイルの言葉に、無言のままゆっくりと首を横に振った。
「そんなに、緊迫した状況なのか」
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