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カイルの問いに、ユリウスはまた口を開く。
「王宮医術師たちの反発の動きについては陛下から聞いたな?」
「ああ、陛下やお前が、ラバール家にご心酔なのが気に入らないとかなんとか」
「そうだ。それを利用して私や陛下を陥れようとする者がいるのだ」
自分を落ち着かせようとしているのか、ユリウスはたおやかな動きでティーカップを持ち上げ口をつけた。
カイルは「いったい誰が」と言いかけて、一考したのち、「王弟ハウエル殿下?」と、ユリウスに向けて問いかけた。
ユリウスはティーカップを置きながら、カイルの言葉に頷いた。
「叔父上はおそらく、この催事に乗じて、国民の目の前で私や陛下を背教者として王位から引き摺り下ろす算段をしている」
「どういうことだ?」
カイルが眉を寄せた。
「叔父上は私たちが暗躍を察してラバール家の人間を呼び寄せることを予想している。むしろそうさせるために、王宮医術師たちの反感が高まっていることや、暗殺計画の噂を流したのだ」
「狙われて怪我をするかもしれない状況で、近くにいる医術師達が自身に反感を抱いているのだとしたら信用できないからか……」
先ほどハイネル王も同じことを言っていた、と、カイルは言葉の後に付け加えた。
「しかし、私たちが王宮医術師を差し置いてラバール家のササル式医術で治療をうけたとしても……」
「邪教に穢された……と、するつもりか」
カイルの言葉にユリウスは頷いた。
「お母様……マラル王妃の治療の際は、自分たちが治せなかった病をササル式医術が完治させた事実を、王宮術師たちも隠したかった。だから、公にはなっていない。私の療養に関しては、穢れとされる治療はなかったし、表向きは留学だったから言及されなかった」
「だが、それらのことがきっかけで、王宮医術師たちは俺たちラバール家に反感を抱くようになった」
また、ユリウスは頷く。
「叔父上が具体的に何をするつもりなのかはわからない。しかし、出血すれば他者の血を体内に継ぎ足し、毒が回れば獣の血から作り出した薬を投与するササル式医術を、王宮医術は神の教えに背いた穢れた医術として強く否定するはずだ」
「だから祭を利用してあえて国民の前で事を起こして治療をさせて、邪教に穢された王族と、王族を穢したラバールの医術師をどちらも排除しようというのか」
「たとえ血を穢すような治療を避けられたとしても、何かと言いがかりをつけるつもりだろう。おそらく、叔父上はその算段を王宮医術師に持ちかけて、お互いの利害を一致させた」
カイルとユリウスはしばしテーブルの上を眺めながら沈黙した。
「それで……ユーリであれば、怪我をして、ラバール家の穢れた治療を受けたとしても、本物の王族ではないのだから、問題にはならない……と?」
ユリウスはカイルの問いに、少し気まずげに、でも真っ直ぐにユーリとカイルの顔を交互に見たのち頷いた。
「私はハイネル王とマラル王妃の間に生まれた唯一の男児だ。そして、我が子もまだ産まれたばかりの幼子。王と私が同時に失脚するわけにはいかないのだ」
「……わかるが……」
カイルは吐く息に混ぜるようにそう絞り出すと、テーブルに肘を置いて頭を抱えた。
「もちろん、私もユーリに怪我はさせたくない。手厚い護衛もつけるし、事が起こらないように細心の注意をはらうつもりだ」
「……わかってる……わかってるよ……」
「頼む、カイル」
「ちょっと待ってくれ! 今、考えてるから!」
唐突にカイルが声を荒げ、脇に控えた騎士達が条件反射で身構えた。カイルは直ぐに「すまない」と溢したが、その様子はまだ俯いたまま次の言葉を探している。
長く沈黙が続き、紅茶から立ち上っていた白い湯気はすっかり消えてしまっていた。
「あ、あの……カイル、ユリウス……僕……」
緊迫した二人の空気を割って、ユーリは口を開いた。ユーリはもともとユリウスの役に立ちたくて、罪滅ぼしをしたくてここに来たのだ。だから身代わりを引き受けたいと、そう言うつもりだった。
「ダメだ」
ユーリが続きを言う前にカイルがユーリの言葉を遮った。
「えっ」とユーリが喉を詰まらせると、カイルは椅子から立ち上がり「いくぞ」とユーリを見ないでそう言った。
「カイル、待ってくれ!」
立ち去ろうとするカイルの背中にユリウスも椅子から立ち上がり声をかけた。
「ダメだ。ユーリを巻き込むなんて、俺は許さない」
振り返らないままカイルはそう言って、一人温室の外に出て行ってしまった。
残されたユリウスは息を吐くと、ゆっくりとまた椅子に腰を下ろし、ユーリの方を向いた。
「悪かったなユーリ、酷く冷酷なことを言っているのは私もわかっている。どうか気にしないで、お茶とお菓子、食べて行ってくれ」
ユリウスはそう言って微笑んだけれど、その表情には落胆と何故か安堵の両方が混ざっているように見て取れた。
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