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先ほどもそうだったけれど、祭の準備のためなのか、使用人らが忙しなく行き交っている。そして少し視線を持ち上げると、向こう側の廊下から繋がる周り階段を降りるユリウスの姿を見つけた。
ユリウスは数歩後ろに、先ほど温室にもいた騎士を従えている。何やら書簡を手にしていて、それに視線を落としたまま、隣を歩く長衣を纏った年配の男と言葉を交わしているようだった。
ユーリはユリウスの元へ行こうと、フードを被ったまま壁際から一歩前に出た。それと同じ時、不意にユリウスの足元がぐらつくのが見えた。
ユーリは思わずあっと小さく息を吐いた。
ユリウスが階段を踏み外したようだ。咄嗟に背後の騎士が手を伸ばしたが、その手は届かないままユリウスの体は階段の下へと崩れ落ちていく。「危ない」と叫びそうになったその瞬間、階下でユリウスの体を受け止めたのはカイルだった。
二人の声はユーリの方までは聞こえない。だけど、ユリウスの体を受け止めたカイルは「大丈夫か?」などと気遣うような素振りをしていた。
ユリウスは自分の失態を恥じらうように、カイルの腕の中で彼に笑いかけていた。
王太子が無事で周囲は安堵の息を漏らしていた。同時に、カイルとユリウスを囲んで、何やら和やかな談笑が交わされている。
ユーリは胸元を抑えた。
なぜだか階下に見えるその光景が、ひどく遠くに感じたのだ。この息苦しさの正体がわからないまま、ユーリはその場から逃げ出そうと、くるりと体を翻した。
「お、見つけましたぞっ! こちらにおられましたかっ!」
不意に大岩、もといデレクの体が立ちはだかり、ユーリは「ギャッ!」と声をあげてピンと尻尾を立てて直立した。
「部屋にお戻りくださいませ、退屈でしたら本やお菓子をっ」
そう言いながらデレクはユーリに手を伸ばした。ユーリはほとんど条件反射で、その手元をすり抜け逃げ出した。
「あ、こらっ、お待ちくださいっ!」
「わぁんっ!」
ユーリはあっけなく肩を掴まれ、引き止められた。わずかな抵抗で身を捩って呻いてみたが、デレクは痛くないが逃れられない程度の絶妙な塩梅でユーリの腕を引き寄せた。
「ささ、戻りますぞ」
「嫌だ! 離して!」
ユーリはデレクを振り返り、ペチリとその手を叩いた。
「おい! 何をしている!」
その時、背後から怒号が聞こえ、同時にこちらに向かって駆け寄る足音が聞こえた。
ユーリがそちらを振り返るより先に、その声の主に肩を掴まれ引き寄せられた。消毒液と、薬草の匂いがする。
目の前にいたデレクは驚いたように眉を持ち上げ、あっけなくユーリの体を明け渡した。
「あんた、ユーリに何をしようとしてた!」
ユーリの体を抱き寄せながら、声を荒げたのはカイルだった。いつのまにか階段を駆け上がってきたようだ。
「い、いえ! お部屋に戻るようにとお伝えしていただけで……」
デレクは両手を胸の位置まで持ち上げて、身の潔白を主張した。
「カイル、落ち着いてくれ。デレクは信頼のおける臣下だ。彼がユーリに危害を加えることなんてあり得ないよ」
そう言いながら、遅れて現れたのはユリウスだ。ユリウスは騎士を従えたまま、ゆっくりカイルに歩み寄ると、落ち着けという言葉通りにカイルの肩に穏やかに手を置いた。
カイルは「どうなんだ」というように、胸元に抱いたユーリの顔を覗き込んできた。同時にカイルの肩越しに、ユリウスもユーリを覗き込んだ。
大好きな二人なのに、今はなんでか胸が痛む。ユーリはカイルの質問に答えないまま、ぐっと口元を結び俯いた。
それでもまだ胸が苦しくて、ユーリはカイルの腕からすり抜けると、そのまま廊下を駆け出した。
「あっ、こらっ! ユーリ!」
背後でカイルの声がする。
ユーリは追いつかれないように、目に入った廊下の角を何度も曲がった。
何故逃げたのかは、自分でもよくわからなかった。とにかく、ユリウスと一緒にいるカイルを今は見たくなかった。
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