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折り返した階段の踊り場で、既に白衣を身につけた若い女性の助手とすれ違った。助手はドタドタと走るユーリに驚いて壁際にペタリと張り付き、その後から追い掛けてくるカイルを見つけて「あ、先生っ! お客様がっ……」と何やら言いかけている。
しかし、ユーリとカイルは追いかけっこの途中なので、それどころではなかった。
ユーリはカイルの鞄を胸に抱えて階段を降り切った所で振り返る。ちょうどカイルが手すりに手を置き、くるりと階段を折り返した所だった。
普段勉強ばかりしているカイルより、ユーリの方が足が速い。ヘヘンと鼻を鳴らしてユーリはそのまま玄関に向かって踏み出した。
「わぶふぅっ!」
前に向き直った途端、何かに顔が埋まり、驚いたユーリは耳と尻尾がぴょこんと飛び出してしまった。
「イテテ」と鼻をさすりながら、何にぶつかったのかと顔をあげると、そこにはそれはそれは大きな男が立っていて、ユーリは目を丸くした。
確かにユーリは男性にしては背が高い方ではないけれど、それにしたって正面からぶつかった自分の顔が埋まったのが相手の胸より下の位置だったことに驚いた。
そして、なぜだかその長身の男はユーリよりもっと驚いた顔をして、「おお! これはなんとっ!」と感嘆しながら、その瞳を揺らしていた。
大男は整えて固められた栗色の髪と皺の寄った目元にほんの少し頂点が赤らんだ団子鼻で、紺の衣服には肩章が施されている。
(肩の尖った服を着る人は偉い人だ!)
そう思ったユーリは鞄を両手にぐっと抱え直して足を揃えて直立した。
「まったく、歩くときは前を見ろと言っただろ! すみません、お怪我は?」
階段を降りてユーリの背中に追いついたカイルは、言葉の最初でユーリに怒って、言葉の最後でユーリがぶつかった大男を気遣った。
どうせ上から白衣を被るからと、いつもヨレヨレシャツに動きやすい幅広の黒いズボンを履いているカイルは、整った大男の衣服を見て少し何か思ったのか、自分のシャツの襟元を掴んで無意味にピンと引っ張っていた。
「いやいや、怪我などはまったく。それにしても、ほぉ、これはこれは、この艶やかな亜麻色の髪に、吸い込まれるようなブルーアイ、そこはかとなく貴賓あふれる白いお肌に慎ましい鼻翼……」
ユーリを見下ろし、顎に手を当て、瞳を輝かせながら歯が浮くような褒め言葉を吐く大男を前に、ユーリは鼻の奥が変に疼いて眉を寄せた。
すると大男が興味深げに三角耳に手を伸ばしたので、ユーリは慌ててくるりと身を翻し、カイルの背中にしがみついた。
「あの、どちら様でしょうか?」
カイルはユーリを背中に隠したまま、少しだけ訝しげに目の前の大男に尋ねた。
「これは失礼致しました。王室の遣いで参りました、デレク・ボーフォートと申します」
デレクと名乗った大男は、ユーリを見下ろすために屈めていた背中をピンと伸ばした。あまりにも大きいので、ユーリはデレクの頭が天井にぶつかるんじゃないかと心配になった。
「いやはや、話には聞いておりましたが、驚きました。ここまでユリウス殿下に瓜二つとは! 少々あどけなさありますが、成人を迎える前頃はユリウス殿下もこのような面立ちでございました。短く揃えたこの襟足の感じも、あの頃の殿下を思い出しますな」
デレクはまた顎をさすりながら、カイルの背中に隠れたユーリを覗き込んできた。
「ユーリのことをご存知と言うことは、あなたはそのユリウス殿下の遣いと言うことですか?」
カイルが言った。
ユリウスの名前を聞いて、ユーリは耳と尻尾を揺らし、カイルの背中からもう少しだけ体を出した。だけど、カイルが隠れてなさいと言いたげに後ろ手にユーリの体を抑えた。
「あ、いえ、私は……」
何かを言いかけて、デレクは口を噤んだ。その視線がチラリと周囲を伺った。診療時間前の準備を整えるため、狭い廊下や診察室をあちらこちらと行き来している助手たちのことを、どうやらデレクは気にしているようだ。
「突然の訪問で申し訳ない。しかし、内密にご相談したいことがあり参りました」
急に声を抑えたデレクを前に、カイルは少しの間沈黙した後、ゆっくりユーリを振り返った。
「ユーリ、一人でシェズの店にいけるか」
そう尋ねられて、ユーリはもちろんと頷いた。もともとそのつもりだったのだ。正式にカイルの許可が出て、ユーリはピンと尻尾を立てた。
「それは、しまえよ」
と耳と尻尾を指さされ、ユーリは「はぁい」と返事をしながら手を挙げた。
カイルは玄関に下げてあった薄手のローブをユーリに着せると、襟の後ろについたフードを深々と被せてくれた。
耳も尻尾も言われた通りにしまったのに、カイルはなんだかしぶしぶと言った様子のままで、「フードは脱ぐなよ」「知らない人に着いて行くな」と注意事項をくどくどくどくど言い連ねる。
「子供じゃないんだから平気だよ、行ってきます」
ユーリはそれだけ言って、玄関ドアから飛び出した。
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