1.過保護な医術師ときつねの子

4/4
前へ
/42ページ
次へ
 前にカイルに教えてもらったことがある。  景星とは、良いことが起こる象徴とされる星のこと。この季節になると北の空に輝く三つ並んだ星のうち、一番大きな真ん中の星を指す。おそらく今は一番魚が取れる時期なので、それにちなんでそう言われる様になったんだろう、とカイルは言っていた。  景星も星祭も話に聞いたことはあるが詳しくは知らないとユーリが言うと、「そうかそうか」と何やら満足げにシェズは頷いた。 「ほら、ユーリ、両手をこうして出してみな」  言いながら、シェズは両手を上向けお椀の形を作って見せてきた。ユーリがそれを真似て手を出すと、シェズは紙袋を手に取り、口を開いてサラサラと音を立てながら、ユーリの手のひらの上で傾けた。 「うわぁ、なにこれ、キレー!」  綺麗だと咄嗟にユーリは言ったものの、手のひらの上にパラパラ広がったそれは綺麗と可愛いの間くらいの姿をしていた。  白、水色、桃色に黄色、あとは紫色のものもある。子供の小指の爪ほどの大きさの粒にツンツンと先の丸まった棘の様な物が生えていて、どことなく甘い香りが手のひらの上で広がった。 「こいつはな、星粒ってんだ。星祭の時期にだけ作られる特別な物なんだってよ」  そう言いながら、シェズは黄色のひと粒をユーリの手のひらから摘み上げて自分の口の中に放り込んだ。 「食べられるの⁈」  ユーリが興奮しながら目を見開くと、シェズは「お菓子だからな」と得意げに笑って、桃色の粒を今度はユーリの口に放り込んだ。  砂糖の甘さと花の香りが鼻を抜け、ユーリはほうっと息を吐きながらシェズの顔を見上げた。 「美味いだろ? 気に入ったか?」  その問いにユーリがうんうん頷くと、シェズはユーリの手に広げた星粒を紙袋にそっと戻した。 「気に入ったんならこれやるよ」 「いいのっ⁈」 「ああ、もともとそのつも」 「シェズ大好き! ありがとう!」  ユーリはシェズが何か言い終わる前に、両手を広げてシェズの体に抱きついた。  勢いでフードが脱げてしまって三角耳が飛び出したけど、シェズはユーリの耳のことも尻尾のことも知っているので驚きはしない。「相変わらずお前の大好きは安いなぁ」なんて呟きながら、シェズはユーリの背中をポンポン撫でた。 「この星粒にはな、特別な意味があるんだ」 「特別な意味?」  ユーリはまた椅子に座り直して、紙袋の中の星粒の匂いをすんすん嗅ぎながら、シェズの言葉を繰り返した。 「王都ではこれを尊敬する人や世話になってる人に贈る風習があるらしいが、それとは別に、好きな相手と食べさせ合うとその二人は幸せになれるって言われてるんだと」 「好きな相手? 愛してる人ってこと?」 「そうそう」  頷きながら、シェズはユーリが大事に膝に乗せた紙袋を指で軽く弾いた。  ユーリはなんとなく袋の中を覗きこみ、白い粒を選んで摘み上げた。その粒を空に透かして眺めていると、シェズがユーリの肩を叩いて、あーんと口を開けて見せてくる。  ユーリがポイとその口の中に星粒を放り込むと、シェズは満足げにふふんと笑った。 「好きな相手と食べさせ合うと幸せになれる」  そう言いながら、シェズはユーリと自分を交互に指差した。 「好きな相手じゃないじゃない?」  ユーリが言うと、「さっき大好きって言ったじゃねぇか」とシェズは少々戯けて口を尖らせた。 「まあ、はいはいわかってるよ、ユーリはどうせ、カイル先生と食べさせ会うんだろ?」  頭の後ろに手を置いて、背中を壁に投げ出しながらシェズはそう言って天を仰いだ。 「カイル? どうして?」 「どうしてって、お前ら好き同士だろ?」 「えっ?」 「……え?」  ユーリが首を傾げると、シェズも視線をユーリに戻して瞬いた。 「ちげぇの? カイル先生のあの過保護っぷりは、てっきりそうだと思ったけど……お前もしょっちゅうカイル先生の話ばっかりするし」  確かにそうだ。ユーリはしょっちゅうカイルの話ばかりするし、カイルのことばかり考えている。 「みんな言ってたぜ? カイル先生は、あんなに顔も綺麗で医術師だし、頭も良いってのに、いまだに独り身なのはきっとお前がいるからだって」 「僕がいるから?」 「うん、お前のことが好きだから、独り身でいるんだとばかり」 「違う違う!」  ユーリは星粒の入った袋を胸に抱きしめ、首をぶんぶん左右に振った。 「カイルは、ユリウスが好きなんだよ」 「ユリウス……って、えっ、まさかユリウス王子のこと言ってる?」  シェズの問いに、ユーリは今度首をぶんぶん上下に振った。 「いやいや、バカ言うなって、ユリウス王子はもう結婚もしてるし、子供だってこの前生まれたばかりだろ?」 「うん、でも、そうなんだもん。カイルはユリウスのことが好きなの」 「いや、んなわけないだろ、だいたいカイル先生とユリウス王子にどんな接点があるって……」  そこまでシェズが言いかけたところで、向こうのほうからシェズの父親の声が聞こえた。「いつまでサボってんだ、手伝え!」と大きな声で叫んでいる。 「やべっ、戻んなきゃ」  シェズはそう言って立ち上がると、ズボンの尻をパンパン叩いた。 「ユーリ、その話今度詳しく教えろ」  ユーリのフードを直しながらそう言ったシェズに、ユーリは少し曖昧に頷き返した。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

135人が本棚に入れています
本棚に追加