2.王室からの依頼※

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2.王室からの依頼※

     ◇  ラバール家の診療所は、まるでササルの街を見渡すかのように、高台の広い敷地に建っている。佇まいこそ立派なものの、作りはこの地方の伝統的な様式であり、むしろ年季がいって少々薄汚れてすらいる。  とはいえ、外観の白壁が黄ばんでいることと、板張りの廊下が最近あちこち軋むことが少し気になる以外は暮らすことに支障はない。陽当たりも風通しも良い立地ということもあって、この診療所での生活は快適だ。それに、お城の塔と同じ青い色の屋根をユーリはとても気に入っていた。  シェズの店からユーリが戻ると、廊下の端に並べられた長椅子には、もうすでに数名の患者が腰を下ろしていた。  何人かはみたことのある顔だったので、ユーリは軽く会釈をしてそこを通り過ぎると、廊下を進んで奥に向かった。  覗き込んだ奥の部屋は、カイルや助手たちが控える作業室だ。  診察が行われる部屋は入り口に近い場所にあり窓も大きく明るいが、窓に幅広い木製の格子の入ったこの作業室は朝だって昼間だって薄暗い。光を当てると劣化しやすい薬品があるんだそうだ。  壁全体を覆う様に並べられた戸棚には、小さな引き出しがいくつも取り付けられていて、その全てに大きな文字が書かれた札が貼られている。  窓際の少し明るい場所にある長机の上には、薬草を切る敷板やナイフ、煎じるための器やランプ、すり鉢や薬研などが置かれていて、その脇の床の上には少々乱雑に医学者や薬学書が積み重ねられていた。 「カイルは診察中?」  ユーリはその場にいた助手の一人にそう尋ねながら、長机の端っこの薬剤の残りかすをパッパと払った。そこにシェズの店で受け取った品の入った鞄をどさりと置いて、着ていたローブを脱ぎ捨てる。  ユーリの問いに、助手は「いいえ」と首を振った。聞けば少々重症の急患があり、カイルはその処置にあたっていたのだそうだ。その間、王室からの遣いであるデレクは、応接間で待っていて、つい先ほど処置を終えたカイルがその席についたらしい。通常診療は別の助手が請け負って、なにか問題があれば声をかけるようにと言われていると助手は言った。  王室からの客人デレク。  さっきカイルは、デレクはユリウスの遣いで来たのではないかと言っていた。そんなデレクの話にユーリは興味津々だった。  ソワソワと顔をあげて廊下を見ると、ちょうど別の助手がお茶とお菓子をお盆に乗せて、応接室に向かうところのようだ。ユーリはピンと尻尾を立ててその助手の元へと駆け寄った。  「僕が持ってく」「いえ、私が」の押し問答が三回続き、殆ど奪うように助手の手からお盆を受け取ったユーリは、カイルとデレクが話していると言う応接室に向かった。  ノックもそこそこに扉を開けてユーリが顔を出した途端、カイルはわかりやすく眉を寄せた。  一方のデレクは眉を持ち上げ、嬉々として座った位置からユーリのことを見上げている。 「お茶とお菓子を持ってきました」  ユーリは少しだけ助手の仕草や態度を真似た。床に膝をつき、向かい合ってそれぞれソファ座る二人の間のテーブルにお盆を乗せる。  ユーリが両手で持ち上げたソーサーの上でカチャカチャと震えるティーカップを、カイルもデレクもなんだかハラハラとした面持ちで見つめていた。 「ささ、どうぞどうぞ」  お茶とお菓子を並べ終えたユーリは、お盆を胸に抱きながら、さも当然というようにカイルの隣にちょこんと腰を下ろしてそう言った。 「おまえ、置いたなら下がりなさい」  とカイルはユーリにそう言ったけれど、デレクがそれを止めるように突き出した手をヒラヒラと振った。 「是非ともユーリ様にも聞いていただきたいのです」  汗を拭き拭きそう言うデレクに、カイルは丁寧ながらも、しかし明らかに不機嫌な様子で首を横に振ってみせた。 「この子に聞かせたところで意味はありません。保護者は俺です。決めるのも俺ですから」
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