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2.リップを塗った後
*
次の日、琴美は朝早起きして、思い切って魔法のリップを塗ってみた。
カサカサだった唇がうっすらとピンク色に潤って、なんだかとても気分が良い。
半信半疑に使った魔法のリップだが、結論から言うと絶大だった。
「おはよう!」
琴美は自分でもびっくりするくらい、朗らかな声でクラスメートへ挨拶した。
誰もが琴美に注目した。
四月の自己紹介でぼそぼそとしゃべっていた生徒がいきなり声を出したのだから、そりゃそうか。
偶然かもしれないと疑っていたが、その疑いを晴らすかのように琴美へ効果を示した。
「おはようございます、先生!」
廊下ですれ違った学年主任の先生に笑顔で挨拶した。
「お話中ごめんね、今日までの課題を全員分集めてって言われてて、持ってたら出してくれるかな」
親しくないクラスメートに、自分から声をかけた。
「グループワーク、わたしも混ぜてもらえるかな」
自分から、グループに仲間入りできた。
それだけじゃない。
クラスメートと連絡先を交換したり、休日に遊びに行ったり、昼休みに一緒にお弁当を食べたり、やってみたかったことがどんどんできるようになる。
「先生、質問良いですか?」
授業中は積極的に挙手したり。
「一年の竹城琴美です。本日から一年、緑化委員会の仕事をしっかり行いたいと思います」
委員会で、はっきりと声を出して自己紹介したり。
「先輩、机の上の資料ってどこにありましたか?」
部活で、先輩に質問をしたり。
できることが、どんどん増えてゆく。
内気な心は次第に明るくなる。
引っ込み思案は、積極的な姿勢に変身した。
緊張や不安は、わくわくに変換されていった。
先生やクラスメート、友達や先輩に話しかけるのが、怖くない。
一度思い切って、勇気を出して話しかけると、みんな快く聞いてくれる。
相手の目を見て、身振り手振りを交え、笑顔を絶やさない。
おしゃべりができるようになったら、今度は話を聞くことも上手くなりたくなって、聞き上手のクラスメートに秘訣を教えてもらったりした。
「ねえ、坂野さん。突然なんだけど、坂野さんの聞き上手のコツを教えてほしいんだ」
「どしたの、急に? 琴美ちゃんは充分聞き上手じゃん」
「坂野さんに比べたらまだまだ。もちろん、ただでとはいわないから。駅前ショップのドリンク一杯とか!」
「わー、うれしい! あそこのミルクティー大好きなんだよね!」
クラスメートとの親しさが広がってゆく。
「琴美ちゃん、昨日の課題でさ、わかんないとこがあって」
「竹城さん、今日日直だよね。学級日誌書いてくんない? 代わりに俺が黒板消すからさ」
「竹城、ジョウロと肥料はこの倉庫に置いてあるから、使う時はここから出すように」
先生にも同級生にも、琴美はよく頼られよく助けてもらうようになった。
リップを塗るたびに、一日が楽しみになる。
友達と話したり、委員会で花壇の雑草を抜いたり、教室の掃除をしたり、気になる男の子を目で追ったり。
リップのおかげだ。
あの黒いお姉さんがリップをすすめてくれたおかげだ。
琴美は、今日の朝もリップを塗り、そして軽やかに学校へ行く。
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