第四章 自分じゃない自分

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「涼風ちゃーん、一緒に帰ろーっ」  放課後になると、ふにゃりとした声で名前を呼ばれて顔を上げた。廊下側に視線を向けると、入り口でまりんちゃんが大きく手を振っている。 「あ、葉ちゃーん、あたし今日も部活お休みしまーすっ」  前の席で部活へ行く準備をしていた葉ちゃんにも手を振りながら、まりんちゃんは笑顔で堂々とサボり宣言をしているから、あたしは葉ちゃんが怒り出すんじゃないかと内心冷や冷やしてしまう。  チラリと葉ちゃんの横顔を見れば、呆れたように無言で頷いていた。 「下で待ってるねーっ」  あたしの返答も聞かずに、まりんちゃんは笑顔で手を振って行ってしまった。  別に誰かと帰る約束とかはしていないけど、あたしと一緒に帰ることが、まりんちゃんの中では決まってしまったようだ。 「え、まりんともいつの間に仲良くなったの?」 「あー、ははは」  驚いて振り返った葉ちゃんに、あたしは笑うしかない。  あたしだってそこまで仲良くなったつもりはないんだけど、なんだかぐいぐいくる子らしい。 「気をつけなねー、なんか見た目変わってから変な噂もあるみたいだし、調子にのってるのかもしれないから」  変な噂? 心配しているような雰囲気を出しながらも、きっと葉ちゃんはまりんちゃんに対して呆れている感じだ。  人気者で真面目な葉ちゃんから見たら、まりんちゃんは不真面目に見えるんだろう。  現に、部活は行っていないし、この前は校則違反のバイトもしようかなとか言っていたし。きっと、葉ちゃんには合わないタイプなのかもしれない。  こうやって、関わっていくと色んなところで合う合わないが生じてくるから、あたしはどちらにも極力合わせて穏やかに過ごしたい。  波風は立てたくないんだ。  あっちがいいとか、こっちがいいとか。  そんなの面倒なだけ。 「じゃあ、またね、涼風」 「うん、部活頑張ってね」  笑顔で葉ちゃんを見送ると、あたしも教室から出た。  まりんちゃんが下で待っているって言っていたけど、帰る方向は一緒なのかな。  昨日はかき氷を食べた後に先に帰ってきちゃったし、まりんちゃんと隆大くんがどっちに帰ったのかなんて分からないから、なんとなく気になった。  昇降口にまりんちゃんの姿は見当たらない。とりあえず端から端まで確かめてから帰ろうと思って一番奥の階段下、壁に寄りかかりながらスマホに視線を落としているまりんちゃんの姿が半分見えているのを見つけた。  なんであんな人気のない場所にいるんだろうと不思議に思いつつも、見つけておいて黙って帰るわけにもいかない。  悩みながらもゆっくり近づいて行くと、あたしより先に一人の男子生徒がまりんちゃんに声をかけた。  だから、それ以上は進めなくなった。何かを話し始めてしまって、そこに入っていくのも気が引ける。  仕方ない、と踵を返そうとした瞬間。一瞬だけまりんちゃんと目が合った。  なんだか、怯えているような気がして、不安に思う。  声をかけていた男子生徒には、なんとなく見覚えがある気がする。誰だったか、名前までは分からない。同級生ではないから先輩かもしれない。  なんだろう。関わりたくないのに、胸騒ぎがする。  昇降口の自分の靴の列まで戻ってから辺りを見回すと、視界に入ってきたのはどこにいても目立つ背丈の古賀くんの姿。 「古賀くん!」  自分でもよく分からないけれど、気が付いたら呼び止めていて、振り向いた古賀くんはすぐにこちらにきてくれた。 「涼風? どうした?」 「あ、えっと……」  どうしよう。なんであたし、古賀くんのこと呼んじゃったんだろう。  それに、状況もよく分からないのに、なんて説明したらいい?  戸惑いながら振り向いて、まりんちゃんがいる階段下に視線を送ることしかできない。 「なんかあった?」  あたしの顔を不思議そうに見て、古賀くんがゆっくり階段下に向かっていく。  さっきまで見えていた二人の姿は、今はもうここからは完全に見えない。  古賀くんは躊躇なく奥まで進んで、立ち止まった。 「なーにやってんのかなー?」  階段下を覗くように見て、突然呆れたように大きな声を出した。
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