第四章 自分じゃない自分

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「じゃあ、幸せになるためにパフェ食べ行こっ!」  立ち上がると、まりんちゃんはあたしの手を引っぱる。意外と力があるまりんちゃんに驚きつつも、そのまま誘いにのることにした。  いつも学校が終われば家に直帰していた。  教室の中では愛想よく笑っているだけでも疲れるのに、学校の外でも誰かといるなんて、考えられなかったから。  葉ちゃんとだって学校帰りに遊んだりすることなんてなかったのに、やっぱりまりんちゃんは押しが強い気がする。あたしが嫌な顔を見せずにいるのにも、限界は来るかもしれないのに。  学校から歩いて五分くらいのところに、カフェ・フレーバフルがある。  店長さんがイケメンなお兄さんで、学校内でも特に女子に人気のあるカフェだ。情報くらいは知っている。でも、実際に来た事はなかったから、店内に入ると木目の床に古民家のような趣のある雰囲気になんだかとても落ち着く気がした。 「いらっしゃいませ」  噂通りの涼しげな目元に優しい笑顔の店長さんがあたし達を案内してくれた。  迷うことなくおススメのパフェを二人とも注文して待っていると、テーブルに置いているまりんちゃんの手が、まだ小さく震えているような気がした。 「……大丈夫?」  確かめるように聞くあたしに、まりんちゃんは不安そうな目をしてから笑う。 「大丈夫、大丈夫っ。なんか、ここにきたらホッとして、急にさっきのこと思い出しちゃって……」  無理に笑っているみたいに見えるから、やっぱりあんなことがあって平気でなんて居られるわけがないと思った。 「ねぇ、隆大くんって部活何時まで? やっぱりちゃんと話そう?」 「……い、いいよ」 「じゃあ西澤くんにでもいいから」 「え! 大空くんにはもっと、言いたくないよ」 「あ、そっか、そうだよね」  西澤くんに言っても仕方ないし、知られたくないよね。何言ってんだあたし。言ってしまってから後悔してしまう。  目の前にパフェが運ばれてくると、クリームたっぷりにイチゴとバナナ、メロンまで綺麗に飾られているから気分が上がってくる。 「かわいいーでしょっ、涼風ちゃん嬉しそうでよかった」  パフェの向こうのまりんちゃんに視線をあげると、にこやかに笑っている。  嬉しさが表情に出ていたのかと、あたしは思わず顔に手を当てて俯いた。 「大空くんがね、涼風ちゃんが寂しそうにしているんだって、ずっと気にしていたよ」 「……え?」 「夏休みに図書室で会っていた時のこと」  長いスプーンを手に取って、クリームを掬って口に運びながら、まりんちゃんが言った。  まりんちゃんは、西澤くんとあたしが夏休み中に何かあったことを、聞いているんだと思う。それが少し、気になる。  だって、あたしは何一つ覚えていない。  事故に遭って、目が覚めたら病院にいて、その間に一ヶ月以上の月日が経過していたというのは、本当に信じられなかった。  それに、話したこともなかった西澤くんといつの間にか仲良くなっていたことには、もっと驚いた。 「……正直に言うとね、全然覚えてないの」  まりんちゃんに言ってしまっても大丈夫だろうかと、不安はある。  一番近くにいる葉ちゃんにすら、あたし自身のことを話した事はなかった。  だけど、西澤くんと繋がりのあるまりんちゃんなら、西澤くんがあたしを好きになってくれた理由にも、もしかしたら繋がっていくのかもしれない。そう思ったから、少しだけ、話してみたくなった。  まりんちゃんの弱みじゃないけれど、さっきの事件を考えると、それを知っているのはあたしと古賀くんだけだし、きっとバラされたくはないだろうし、あんまり深くまで入り込んでくるようなら、なにも話さなければいいんだ。
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