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「七美、めっちゃ良い子だよ。小学校の時の見た目からほぼ変わらないからすぐわかったし」
「よく、向こうはまりんちゃんのことが分かったよね?」
「え、ああ……だってあたしだって基本変わらないし」
あははと笑うまりんちゃんに、充分変わったと思うんだけどと、あたしは首を傾げる。
「小学校の時はね、髪型もお母さんがツインテールとかお団子とか可愛くしてくれてたんだよ。けっこう目立つ子だったんだ実は。けどさ、中学では髪型も決まってたしみんなと同じようにしてたけど、やっぱり可愛くしてたいなって思ったから変わっただけ。だから、たぶん中学の頃のあたしを知らない七美にはすぐ受け入れられたのかも」
嬉しそうに笑うまりんちゃんに、あたしはそうなのかと妙に納得してしまう。あたしは小学校の頃のまりんちゃんも七美も知らないから。
「でも七美が古賀くんとねー、どうやって付き合ったんだろ。で、もう別れてるってこと? 元カノだもんね、今度色々聞いてみようかな」
楽しそうにスマホを弄りながらまりんちゃんが話すから、古賀くんがまだ七美に未練があることを話してしまってもいいだろうかと思って、口をついて出そうになってしまう。
だけど、まりんちゃんはもちろん七美の応援をするんだろうな。あたしも古賀くんのことを応援するって言っちゃったし。言葉は萎んでしまって、また小さくため息が漏れた。
「あ、リュウちゃん部活終わったって。あたし、ちゃんと言ってくるね。涼風ちゃんまた明日ね」
「あ、うん」
スマホの画面を見てから、まりんちゃんが嬉しそうに手を振るから、あたしも手を振り見送った。
帰ろう。古賀くんのことはいい加減もう諦めなきゃ。
七美が向かった方向とは逆に歩き出す。七美のことはあたしは知らなくてもいい。古賀くんの好きな子って情報だけでもう胸がいっぱいだ。
やっぱりあたしは、どうしたってひとりぼっちなんだ。
立ち止まって、スマホを手にする。メッセージの送信相手に古賀くんを表示した。
》さっきはありがとう。七美は良い子らしいね。古賀くん見る目あるよ。自信持って。古賀くんなら大丈夫だよ。
『見た目なんて関係なくない? 好きなら中身を見ればいいのに……』
まりんちゃんに言っていた古賀くんの言葉に、七美の姿を思い出す。嘘偽りのない七美の中身が、きっと古賀くんは好きなんだろう。嘘や偽りだらけのあたしじゃ、空っぽのあたしじゃ、好きになんてなってもらえるはずがなかった。なんだか、よくわかった気がする。
誰かを励ますなんて、そんなことをする日が来るとは思わなかった。それが、まさか好きになった人だとは皮肉だ。
だけど、ちゃんと人を見る目のある古賀くんのことを好きになれたことは、嬉しいことかもしれない。古賀くんはあたしの見た目も中身もなんの魅力もないことに、気がついていたんだろうな。
見透かされていた。そりゃそうだ。完璧なんてないんだもん。どこかで必ず綻びが出る。自分じゃ気が付かない。だけど、泣いたって、くよくよしていたって、仕方がない。
夕空が雲にブルーとピンクをこぼしたように滲んで広がる。帰宅時間と重なるこの時間帯は、交通量も多い。普段はこんなに遅く帰ることなんてなかったから、夕日を映し出す空の色がこんなに綺麗なんだと初めて知った気がする。
だけど、上手く混ざり合わずに滲むように個々を強調して溶けていく空の色を見届けていると、やっぱり自分がこれからどうしたいのかとか、どうなりたいのかとか、考えてしまっては気持ちが落ち込む。
事故に遭って目覚めたあの日から、少しだけ前向きになれている気がしていたけれど、あたしはやっぱりまだ不安定だ。
誰かにそばにいて欲しい。誰かに支えていて欲しい。
ギュッとしがみついた母の背中。父が怒鳴り、母も叫ぶ。怒っている顔は怖くて見れないから、目を瞑って一番そばにいて欲しい母の背中に泣きついた。
もうやめてほしい。
いつかみたいに、三人で手を繋いで笑い合えていた日に戻りたい。そう願いながら、あたしは母に縋る気持ちでそばを離れなかった。
わんわんと泣き喚くあたしを見て、ため息が吐き出されたのを感じた。
『泣いたってしょうがないでしょ!』
勢いのまま、あたしにも母は叫んだ。
……怖かった。
それは、いつも母が言っている言葉だった。だけど、その時は本当に、怖かった。
近寄らないでと、突き放されてしまったような気持ちになった。
ひどく、落ち込んだ。
あたしには誰も居ないんだと。
この先も、きっとあたしのそばにずっといてくれる人なんて、現れないんだと。絶望した。
「待ってよー!」
不意に、遠くから聞こえてきた子供の声に顔を上げた。
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