第五章 晩夏光の図書室

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 今までにないくらいに人と接している。  もちろん、うわべだけの付き合いとして友達は多い方だとは思っているけれど、きっとあたしのことをよく知っているって胸を張って言える人なんて、一人もいないと思う。  それくらい、あたしは本当の自分を表に出すことをしてきていなかった。  古賀くんのことを好きになったことが、大きかったかもしれない。好きな人のことを知りたいのはもちろんだけど、あたしのことも知って欲しいと思ったのは事実だ。だけど、古賀くんはあたしには、全然興味がなかったんだと思う。  だって、何かを聞かれて困ったことなんてなかったから。 「今日はいい天気だね」「昨日は何食べた?」「授業つまんなかったね」  古賀くんとの会話はその場限りで終わるものばかりだった。だから、あたしは彼の隣にいるのが居心地が良かったのかもしれない。見た目のビジュアルがカッコいい彼氏と並んで歩いているだけで、優越感に浸っていただけだ。楽だったんだ。あたしのことを詮索もしないし、ただ一緒にいてくれることが、嬉しかった。  だから、失うことは寂しかった。  まさかフラれるなんて、思ってもみなかったから。  そして、あの日事故に遭ってからだ。  少し、自分の中の考え方や行動が変わってきてしまったのは。  友達なんてAやBで良かった。それなのに、西澤くんやまりんちゃんはその他大勢とは違くて、容赦なくあたしに入り込んでくる。  真夏の照りつける太陽。開いた窓から流れ来る風。カーテンが、ひらひらと揺れている。耳を塞ぎたくなるほどに響いてくるのは、蝉の聲。  うるさい。うるさい、うるさい、うるさい。  ちっとも鳴き止むことなく繰り返し、繰り返し大きくなっていくから、耳を塞いだ。  覆った耳元に、カタンッと扉が開く音が聞こえた。 『杉崎さん』  俯いていたあたしの瞳に、同じ学校の制服を着ている男子生徒の足元が見えた。誰なのか確かめるために視線をあげてみたけれど、顔が見える前にその姿は泡のように弾けたと思ったら、全部消えた。  目が覚めたら、いつもの自分の部屋だった。  だけど、最後に聞こえた声。あたしはあの声を、知っている。  あれは── 「おはよう、杉崎さん」 「……西澤くん」  教室に入る一歩手前で西澤くんに声をかけられた。廊下には登校してきたクラスメイトが何人も歩いている。 「なんか、元気ない?」  心配するみたいに眉を下げてこちらの様子を伺うから、視線を床にそらした。  そんなことないよ、大丈夫。  いつもみたいに笑って交わせばいいんだ。  そう思うんだけど、あたしは黙ったまま声も出せずに俯いた。  これじゃあ、大丈夫じゃないみたいだ。だから、ちゃんと大丈夫って、こんなこと考えたって仕方ないって、笑って答えないと。 「ね、ちょっとだけ。悪いことしようか」 「……え?」  ニヤリと笑う西澤くんの表情が悪巧みを考えている子供みたいだ。  あたしが答える前に手を繋がれて、引っ張っていく。教室とは反対方向。今上がってきた階段を降りて、真っ直ぐに突き当たり目指して進む。途中ですれ違った他学年の先生や生徒に挨拶をしながら、繋がれた手を隠すみたいにして足は急ぐ。  周りに人気が無くなって、たどり着いたのは図書室。特別急いだわけじゃないのに、なんだか突然のことに心臓が速くなっていた。
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