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「は? あ、いや、そんなんじゃないって! 杉崎さんってクラスでもけっこう人気あるし、誰とでも親しみやすい感じだし、話しかけても大丈夫かなぁ……と」
せっかく引き始めた汗が、また大量に吹き出しているのが目に見えるから、思わず笑ってしまった。
「そーなんだ、あたしって人気者なんだ?」
当たり障りなく、誰とでも周りの雰囲気に合わせて振る舞っているからね。人気者と言うよりはあたしといると楽なんだろうな、周りのみんなは。あたしは絶対他人の言葉を否定しないから。否定したって仕方がないし、合わせておけば、共感しているふりをしていれば、それだけで仲良くなれる。だから、もし違っていたとしても、あたしは「そうだよね」って頷くんだ。なんにでも。そうやって、周りの子達が離れていってしまわない様にうまく気持ちを偽る。
「成績優秀、美人で優しい、人の悪口言わない、完璧じゃない?」
「おおー、めっちゃ褒めてくれるね、ありがとう」
「いや、みんながそう言ってるから、俺もそうなのかなって思ってるだけ」
「……あ、そう」
ん? なんか、今の言い方って、俺はそうは思わないけどって感じにも聞こえたんだけど……
パタパタと手うちわが止まらない西澤くんに、あたしは考え込んでしまうけれど、あたしも西澤くんって人のことはそこまでよく分からないし、考えるのはやめた。
ようやく冷房が効き始めてきたのか、西澤くんはホッとするような表情をして椅子の背もたれに寄りかかると、寛ぎ始めた。
「で? 西澤くんはここに何しに来たの?」
「……勉強だよ」
数学の教科書とノート、ペンケースを肩にかけていたトートバッグから取り出して机の上に並べ始めるから、西澤くんがサッカー以外のことをしていることに驚いた。
「杉崎さんこそ、なんでここにいるんだよ?」
教科書をパラパラと捲りながら西澤くんが聞いてくるから、あたしはすぐ目の前に積まれていた本を手に取って開いた。
「本が、読みたかったからだよ」
「……あ、そう」
図書室で本を読む。なんて、当たり前なことが口から出まかせのように出た。
チラリと視線を西澤くんに上げれば、明らかに一瞬眉間に皺が寄る。いや、決して馬鹿にしたわけではない。見て分からないか? と思ったわけでもない。誤解だけはして欲しくないけど、もう言ってしまったものは撤回できない。
とにかく、あたしは本に視線を戻すことにした。立ち上がった西澤くんは窓を閉めてからペンを手にして、机に向き合い始めた。
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