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しばらく、静けさの中に蝉の聲しか聴こえなくなる。手にした本を読むフリをしながら、そっと西澤くんのノートを覗き込んでみた。
「あ、そこ。間違ってる」
「へ?!」
いきなり話しかけてしまったから、驚いた西澤くんの裏返った声に思わず笑ってしまう。
「あたしもよくひっかかるんだよね、その問題。教えようか?」
別に読みたいわけじゃなかった本を閉じて、西澤くんに近づく。
あんまり近すぎると、あたしが触れられないことがバレてしまうかもしれないから、気を付けながら。
気が付けば、西澤くんの勉強を見てあげるのが楽しくなって、いつの間にか時間が経っていたみたいだ。スマホを見た西澤くんが「やば、もうこんな時間だ」と慌て始めた。
「あー……ごめん」
机の上に視線を落としたかと思えば、西澤くんが急に謝る。
「杉崎さん、全然本読めてなかったよな。明日からもう来ない方が……」
「そんなことない!」
「え?」
「明日もまた……おいでよ」
このまま一生の別れになるんじゃないかと思ってしまって、焦る。
もう、あたしはここから出られないかもしれないし、そうしたら、あたしのことを見つけてくれた西澤くんの存在が貴重過ぎるから、出来ることなら、またここへ来て欲しい。
「勉強……教えるから」
ひとりぼっちは寂しいから。
誰でもいいの。あたしをひとりにしないで。
「……杉崎さん?」
心配そうに名前を呼ばれて、あたしはハッとして顔を上げた。必死になりすぎていた自分に急に恥ずかしくなった。
「明日もってか、夏休み中はずっと来る予定だよ。俺も一人よりは気が楽かも。明日もよろしくな」
「……うん」
明日も来てくれると言ってくれた西澤くんの笑顔に、一気に安心してしまう。
あたしは、誰かがそばに居てくれないと、寂しくて、悲しくて、潰れてしまいそうになるんだ。
『泣いたってどうにもならない』
いつだって母の声が聞こえてくる。
だから、あたしは泣かない。ギュッと、唇を噛み締めた。
「俺、行くけど鍵は杉崎さん持ってる?」
「あ、う、うん。閉めて行っていいよ」
「そっか、じゃあまたな」
「うん、またね」
手を振り、西澤くんを見送る。
明るく照らされていた室内が、急に影を落とした。
いつの間に時間が経ってしまったんだろう。外は真っ暗な夜になっていた。窓に手を当てると、やはり開けることは出来ない。
西澤くんがカーテンを纏めてくれたから、窓の外の空を見上げることが出来た。
杉林の影と星空が半分ずつ見える。降り注いできそうなくらいに、たくさんの光の粒が煌めいている。
空なんて、ちゃんと見上げたことがなかった。
真っ直ぐに、ただひたすらに前だけを向いて、毎日毎日、歩くのがやっとだった。
月明かりがあたしを包み込むように照らし出す。蒼白い光の筋は、悲しみの色に見えた。冷たくて、憂いを帯びていて、寂しい。
だけど、たとえ月であったとしても、あたしを見て照らしてくれるのならば、ひとりじゃないと感じて、あたしは机に寝そべってそっと目を閉じた。
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