無法地帯(剣と仮面のサーガ)

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 少年は、父が母にネックレスを贈るのを見ていた。  行商人を営む父は苦労を重ねて、最近ようやくまとまった荷を捌けるようになった。  母への贈り物は、「いままで家族を支えてくれたお礼だ」と父は言った。  ネックレスを身につけた母はとても喜んで、若々しく華やいで見えた。  少年は自分もこのような幸せな家庭をいつか持ちたいと思った。  その晩、野営地でテントのなかで眠りについていた少年は、父に叩き起こされた。  周囲では、ぱちぱちと爆ぜる音がして焦げ臭かった。  父のわき腹から血が滲んでいるのが見えた。  テントから引きずり出されるようにして出ると、荷馬車が燃えていた。  野盗が襲ってきたのだ。  野盗たちは周辺に散らばった積み荷の略奪に夢中になっていた。  父は有無を言わさず少年を馬に乗せた。  乗るとき母が地面に倒れているのが見えた。  母の首にネックレスは無かった。  泪があふれて母の姿が滲んだ。 「――母さん!」  少年は母に手を伸ばした。  しかし、その手は母に届かなかった。 「さ、早く!」  父が苦しそうに歯を食いしばりながら、少年のからだを持ち上げて、馬の背に乗せた。  背後で音がして、父が振り向いたとき、父の腹を槍が貫いた。  残忍な顔をしたひとりの野盗が槍を突き出していた。 「なぜ、私たちのような、ちっぽけな行商人を襲うのだ」  と、父は槍の柄をしっかりと握って叫んだ。 「お前たちの幸せそうな笑い声がうるさかったのさ――それだけだ」  野盗は残忍な笑みを浮かべ、イカれた眼をして唇を舐めた。 「俺はな、親という奴にひどい目に遭わされたんだ! 幸せそうな奴を見るとムカつくんだよ!」  父は、後ろ手に少年を乗せた馬の尻を叩き、馬を駆けさせた。
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