いつの間に終わるの、夏。

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この世界は怖いことばかりだ。いつ死ぬかわからない。 小さかった俺は、泥水を舐めたりしながら人の靴を何足も眺めながら歩いていた。 今夜は町が騒がしい。 駅前で夏祭りがあって、特設ステージはどんちゃん騒ぎ。歌が上手いか下手かなんて俺にはわからないけど周りを見渡せば、体を揺らしながら音楽に酔いしれている。 いつもより、いろんな食べ物の匂いがする。 鉄板で焼きそばを焼いたり、フライヤーでポテトを揚げたり。 日本列島が、紫や赤になってるこの夏の真っ只中。暑い思いをしながら食べ物を作っているが、次々に売れているのだろう。商売人は嬉しそうに声を張り上げている。 冷たいかき氷の店の奴らは、手元が冷たいからか涼しい顔をしている。 これだけ多くの人が普段人が歩かない場所にいるのだ。 「あ、やべえ、おっこった。」 テキ屋の男が落としたのは、フィッシュアンドチップスのフィッシュフライだ。 そばを通った俺は男と目が合った。 「…お、ちょうどいい、お前にやるよ。」 男は、フィッシュフライを半分に割って、息をフーフー吹きかけて、俺の前に差し出してきた。 近寄っていいものか躊躇えば、男が眉を八の字にしてふって笑う。 「やっぱダメか。簡単には食わねーよな。」 それでも、フィッシュフライを引っ込める気は無いようなので警戒しながら近寄った。 俺は腹が減っている。 わざわざ人ごみを選んだのは、何かおこぼれがあるんじゃないかと思っていたから。 「お、食うか?食うか?」 フィッシュフライに鼻を近づければ湯気が立っていて熱くて顔を引っ込めた。 「あー、熱かったか。じゃあ、こっちにするか。」 男はフィッシュフライを地べたに置くと立ち上がって、紙皿にたこ焼きとお好み焼き用の鰹節をよそって俺の前に置いた。 「食いな。」 フィッシュフライもその皿に置いて俺に向かって押し出してきた。 俺は乞食じゃない。でも、食えるものをもらえたら毒や腐ったものでない限り食うに決まっている。警戒しながら舐めてみれば、舌が驚くくらに美味かった。無我夢中で口に入れた。 「おー、めっちゃ食うじゃん。ははは。」 男は、フィッシュフライを俺が食べやすいようにほぐして皿に乗せた。 「お父ちゃん、何やってんの?」 「柚葉(ゆずは)、見て。」 「えー。」 気がつけば、俺の前には男だけじゃなくちっこい子どもがいる。 「わー、かわいい。でもドロドロ。」 「柚葉、お父ちゃんコイツ連れて帰りたいんだけど。どう?」 「じゃあ、ゆずがお風呂入れる。」 「おー。」 俺は、この2人が何の話をしているのかわからなかったが。 気がつけば体も弱っていた俺は、ちっこい子どもに抱かれていて。 「ねー、見てみてー。」 ちっこい子どもと、 「お父ちゃんも見てー。」 テキ屋の男と一緒に 「おーすげーや。ははは。」 夜空に破裂する大輪の花火を眺めていた。
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