いつの間に終わるの、夏。

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俺は住む家を手に入れた。 テキ屋の男は、たくさん人がいる家に住んでいる。 「若頭、お帰りなさい。」 「おー、めっちゃ売ってきたわー。ははは。なあ、道具洗うの手伝ってー。」 「はい!」 周りの人間は声に気合いが入っているのに、テキ屋の男はずっと、ヘラヘラしている。 “若頭”なんて呼ばれているが。 「柚葉お嬢さん、なんですかその汚い塊は!」 俺は、ずっとちっこい子どもの腕の中にいて“汚い塊”っていうのはたぶん俺のこと。 「え、何って。子猫。お父ちゃんが飼うって言うから連れてきたの。」 「わっ、若頭!!子猫なんて!」 家にいる人たちが俺たちの周りに集まってきた。 テキ屋の男こと若頭と、ちっこい子どもこと柚葉お嬢さんが男たちに囲まれている。 「だって、なんかコイツ弱ってるからさー。」 男たちが俺を覗き込んでいる。 「若頭。」 男たちの中でもいちばん喋っている男が俺に触ろうとしてくる。だが、残念ながら威嚇する体力はなく。もちろん噛み付く体力もない。 「よりによって、とら猫なんて!おまけになんですか、コイツ猫のくせにちょっと垂れ目じゃないですか!」 周りの男たちもザワザワし始める。 「うおー」 「かわいいー」 「ちっちぇー」 と、なんだか野太い声が聞こえてくる。男の低い声はあまり好きじゃない。 「なー、お前らよー。コイツが怖がるからやめてくんねーかなー。」 テキ屋の若頭の声はそんなに低くなく適度に聞きやすかった。 「とりあえずー、柚葉がコイツ風呂に入れるから誰か手伝ってやってー。」 とテキ屋が言えば 「俺が」 「俺が」 「俺が」 …と、結局全員手を挙げたので。困ったテキ屋は、 「じゃあさー、毎日風呂入れることにして若いやつから年の順にしよー。」 って。 「よっしゃーっ!!」 ……最初の風呂当番は、よく喋る男に決まったのだった。 この日、生まれて初めて入れられた風呂(洗面器)は、自分で体を舐めるのとは比べものにならない心地よさで控えめに言って極楽だった。 次の日は動物病院に行き健康チェックを受けた。俺は、健康そのもの。あんなに汚かったのにノミやシラミもたからず、怪我も病気もなかった。 その時の俺にはまだ名前はなかった。 ワクチン注射や去勢手術をしたのは、この家に来て5ヶ月後のことだった。社会情勢的に猫という生き物は生殖機能は失っても仕方がないものらしい。 猫の3ない運動〈出さない。産ませない。増やさない。〉猫を飼う上で必要なことらしい。 この時の俺にもまだ名前がなく動物病院の診察券には、テキ屋と柚葉の苗字だけが書かれていたのだった。
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