いつの間に終わるの、夏。

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テキ屋は年がら年中テキ屋ではない。 基本、夏だけテキ屋なのだ。 春、秋、冬は、それなりにヤクザで。若頭という役職をきちんとこなしている。 そして、それなりに父親で柚葉の小学校の保護者会にもちゃんと入っていた。 テキ屋の名前が三宮(さんのみや)和志(かずし)だということは、テキ屋より偉い人がテキ屋を“かずしー”と呼んでいるのでわかったこと。 テキ屋より偉い人のことをテキ屋は、“おやっさん”と呼んでいた。 テキ屋は祭に夜店を出す時は、子分は連れて行かず柚葉と俺だけを連れて行くことにしていた。 テキ屋は商工会の人に親しくしてもらっていて、テキ屋の夜店は商工会青年部の何人かが手伝ってくれていた。 「招き猫ですねー。」 テキ屋の店にいる俺はリードに繋がれ柚葉のひざでくつろいでいる。何もしていない。 ただ、時々客に頭や顎を撫で撫でされるのをじっと受け入れている。 「うわー、綺麗でかわいい。」 俺はテキ屋の住処に住んで以来、毎日風呂に入り、毎日猫用のパウチを食べているから毛並みがいい。テキ屋も柚葉も俺がデブ猫にならないように気も使ってくれているから健康で適性体重。 路上生活にはもう戻れない。 「カイト、良かったね。」 まあ、誰に撫でらるよりいちばん嬉しいのは柚葉に撫でられることなのだけど。 「柚葉ー。そろそろ花火だなー。飯ー。」 テキ屋は自分が作った焼きそばを柚葉と一緒に食べながら花火を見るのが好きだ。 「カイトには?」 「カイトは焼きそば食えないから、コレー。」 「あ、ちゅーる。」 柚葉が花火が始まる前に俺にちゅーるをくれた。柚葉が搾り出すちゅーるを無我夢中で舐める。 本当に、ちゅーるってやつはなんでこんなに美味いのか。 「カイトも腹減ってたのかー。」 テキ屋が呑気にノンアルコールビールを飲みながら柚葉の横にある椅子に座った。 「お父ちゃん、いっぱい売れた?」 「おー、柚葉とカイトのおかげでほぼ完売。」 「やったね。」 「柚葉もカイト食べ終わったら焼きそば食べー。」 テキ屋と柚葉は、ずっと仲が良くて。毎年、夏祭りはこんな風に過ごしていた。 だけど、柚葉が中学3年の頃。テキ屋と柚葉の距離が遠くなった。原因は、柚葉の受験らしい。 柚葉は高校進学を機に、全寮制の所を選んでこの家から離れてみたいらしい。 テキ屋は、親の目の届かないところに柚葉を行かせるのが心配らしい。 2人の間に“おやっさん”が入って、「なんでも経験させてやれ。」と柚葉の意見に賛同した。柚葉は、少し離れた私立の高校を受験することに決めたのだ。 この年の夏祭り。テキ屋が出す夜店は俺とテキ屋の2人きり。あ、商工会青年部は手伝ってくれた。でも柚葉は来なかった。受験勉強らしい。 夜店のものを売り捌いたテキ屋の膝の上で花火を見た。テキ屋の膝は柚葉の膝よりゴツゴツしていると感じた。
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