あと一回

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 会場内にアナウンスが流れる。 「K大学の卒部の皆さん、フロアへどうぞ」  ラストワルツは、まず各大学毎に卒部生がワルツを踊る。手に花束を持ち、簡単なフォーメーションを披露していく。皆、リラックスしたにこやかな笑顔を浮かべている。  私、畑野理子(りこ)は三回生だが、パートナーは四回生の岩崎(とおる)先輩。  憧れの先輩のパートナーだったこの一年間、必死で練習してきた。 「T大学の卒部の皆さん、フロアへどうぞ」  私たちの大学名が呼ばれた。 「理子ちゃん、行こう」  右に立つ享先輩が左手を差し出してきた。 「はい」  先輩の手に自分の右手を重ね、共にフロアへ入場する。  先輩と向き合うと、いつも通り背中に手が回され、先輩の体から一歩目の動きが伝わってくる。それに合わせて、自然に私の右足が後ろに下がる。  (先輩のリードに慣れてしまって、もう他の人とペアを組める気がしないなぁ)  そんなことをぼんやりと考えながらステップをたどる。  (この一年間、ほぼ毎日先輩と練習したわね)  Last Waltzを聴きながら、流れるように過ぎていった一年を思い出す。  最初は先輩の歩幅についていけなくて、よく指摘されていたなぁ。 「……理子ちゃん?」 「あっ!? はいっ?」  不意に声を掛けられ、思わず先輩に目を向けると先輩の真剣な視線とぶつかった。思ったよりも近い距離に思わず心臓がはねた。  普段はダンス中に会話なんてしないし、ましてや顔を見るなんてありえない。でもこのダンスは競技じゃない、特別なワルツ。 「一年間、ありがとう」 「こちらこそ、、、、あの、先輩のおかげで優勝できました。本当にありがとうございました…………」  (本当に、先輩が引っ張ってくれたから……) 「そんなことないよ。二人で頑張ったからだよ」 「あ、、、、ありがとうございます」  心臓がドキドキと早鐘を打つ。先輩に気づかれたらどうしようと思うと、ますます鼓動が速くなっていく。 「………………あのさ……」  先輩がためらいがちに口を開いた時、隣のペアがターンをするのが見えた。  (終わりだ)  先輩もターンが見えたのだろう。ステップが止まり、右手が上げられる。  (あ、ターンの合図……)  ターンをするとドレスの裾が軽やかに広がった。私達は足を折り、深々と礼をしてフロアから出た。  (何もかもいつも通り。これが最後だなんて信じられない……)  私たちが退場すると、すぐに次の大学名が読み上げられ、主役の四回生がフロアへと入っていく。  (あぁ、終わっちゃったなぁ……)  岩崎先輩のほうを見ると、既に後輩やOB、OGに囲まれていた。
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