あと一回

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 多くのペアでごった返すフロアで、ワルツを踊りながら山根先輩に「優勝、おめでとうございます」と声をかけた。  山根先輩が少年のような笑顔になる。可愛らしい。 「ありがとう! ──理子ちゃんは岩崎とどうするの? これからもペア組むの?」 「いや、そんな話はしてないです」  引退後もダンスを続ける人は多く、プロになる人もいる。 「理子ちゃんと岩崎は息がピッタリだから、このまま解散は勿体ないよ」  (そんなことを私に言われても……。)  思わず笑顔が引きつりそうになるが、私だってオナーダンス(優勝者がソロで踊る栄誉の踊り)を踊った身。踊っている時は何があっても笑顔を崩すことはない。  私はにこやかな笑顔で山根先輩に切り返した。 「先輩こそ、引退後はどうするんですか? 紗絵子先輩とペアを組むんですか?」  一瞬、山根先輩の口許が歪んだ。 「ま、まぁねぇ……次の一般の競技会には紗絵子と出るよ」  山根先輩は進学するが、紗絵子先輩は就職だ。互いの立場が変わってくるから、今後のことを決めるのは難しいのだろう。 「先輩たちならきっと優勝ですね」  ざわついている周囲の音にかき消されないように、少し大きめの声で激励を口にした。 「ありがとう」  山根先輩が目尻を下げて控えめに笑った。その笑顔が寂しげで、思わず胸がチクリと痛む。  (思わず意地悪しちゃったけど、申しわけなかったなぁ)  そこで山根先輩のステップが止まり、右手が上に上げられる。スピンのリード─終わりの合図だ。 (岩崎先輩とは違い、力強いリード)  (ん!? スピンの速度が少し早い。えっ!? 何回回すの?!)  普通のスピンは一回のところを、山根先輩は2回、3回と回してくる。  (山根先輩、ふざけちゃって……)  思わず笑いが込み上げてきた。5回目のスピンが終わったところでようやく右手が下りた。山根先輩と向かいあって二人で笑い声をあげた。 「ラストワルツ、おめでとうございます!」 「ありがとう。来年のラストワルツには絶対行くから頑張って!」 「はいっ!」
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