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「改めまして。私の名前は、皆月舞子。真崎さんに依頼されて、消えてしまったあんたの名前を復元するべくやってきた姓名変更師ね」
「あ、はい」
「よろしく!」
僕を見据えた女の子…じゃなく、皆月舞子は、白い歯を見せてニヤッと笑った。
僕もなんとなく頭を下げ、彼女に応える。
「よ、よろしくお願いします。僕の名前は…」
癖で名乗ろうとしたが、やはり、名前は出てこなかった。
尻切れで終わってしまった自己紹介だったが、皆月舞子は気にした様子はなく、僕の胸を小突いた。
「じゃあ、今日からあんたの名前は、ナナシね」
「え…、ナナシ?」
「そ。あんたを呼ぶときに、名前が無いと不便でしょう? 仮の名前だよ」
ナナシ…、ああ、「名無し」ってことか。
「それより、早く入れてよ。寒いんだから」
皆月舞子は大げさに身体を震わせると、ローファーを履いた足で、扉を蹴った。
ガンッ! と、嫌な音がアパートの通路に響き渡る。
いろいろ言いたいことはあったが、これ以上近所迷惑になるわけにもいかないので、僕は一歩下がり、履いていたサンダルを脱いだ。
顎で、廊下の方をしゃくる。
皆月舞子はにやっと笑い、部屋に一歩踏み入れた。
「お邪魔しまーす」
扉を勢いよく閉め、花火の最後の一発の如き轟音を響かせると、ローファーを脱いで上がり框に足を掛ける。
壁に背をもたれた僕は、彼女の全容を眺めた。
改めて見たとしても、彼女がブレザーを身に纏っている…という事実は変わらなかった。どこからどう見ても彼女は高校生で、どこからどう見なくても、彼女は未成年だった。
「なに?」
僕の視線に気づいた彼女は、顔を顰めた。
変態…と思われても嫌なので、僕は聞いた。
「いや、君、高校生だろ?」
「お、ありがとー」
何故か感謝される。
ニヤッと笑った皆月舞子は、僕の胸を小突いた。
「もう成人してるよ。お酒も飲めちゃう」
よく見ると、左手に提げた鞄も、スクールバッグを思わせるデザインをしていた。
「この格好の方が、いろいろ都合が良いからね」
そう意味深なことを言った皆月舞子は、僕を差し置いて廊下を突き進み、まだ布団が敷きっぱなしになっている居間へと入っていった。
まだいろいろ聞きたいことはあったが、ぐっと飲みこみ、僕も廊下を進み居間に入る。
皆月舞子は、丁度僕の椅子に腰を掛け、ひと段落したかのようなため息をついていた。
鞄を足元に置くと、カモシカのような脚を組んで。頬杖をつく。
上目遣いに、僕を見た。
「じゃあ早速、お仕事の話をしていこうじゃない」
「あ…」
彼女の傍若無人な態度のおかげで、すっかり忘れていた。
僕は布団を適当に畳んで押し入れに戻すと、座布団を引き寄せて座ろう…としたのだが、椅子に座った彼女に見下ろされるのが嫌で、壁にもたれかかった。
「やめてよ、見下ろすの」
僕に見下ろされるのに顔を顰めつつ、皆月舞子は話を始めた。
「じゃあ、まずは…、ナナシさんも心配している、過去の復元について」
「あ、うん」
僕は大げさに頷き、気を取り直そうとした。
「どうなんだ? 直るのか?」
「直らない」
即答だった。
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