アムンゼン 13

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 私の闘志に火が付いた…  この矢田の闘志に一度、火が付いた以上、もはや、誰も、この矢田を止めることは、できん…  できんのだ…  だから、私は、言ってやった…  「…アムンゼン…もう、オマエとは、絶交さ…」  と、言ってやった…  「…絶交?…」  「…そうさ…オマエをリンに会わせるために、マリアを連れて行こうとした…その気遣いに感謝せず、この矢田を一方的に非難するようなヤツとは、絶交さ…付き合ってあげんさ…」  「…だったら、リンは…」  「…知らんさ…自分で、サウジアラビアの外交ルートを駆使してでも、リンに会えば、いいさ…」  私は、怒鳴った…  怒鳴りまくった…  すると、だ…  アムンゼンが、沈黙した…  「…」  と、沈黙した…  不気味な沈黙だった…  が、  私は、撤回せんかった…  意地でも、撤回せんかった…  すると、だ…  電話の向こう側から、  「…いいんですか、矢田さん…ボクを怒らせて…」  と、アムンゼンが、私を脅した…  この矢田トモコ様を脅したのだ…  「…いいんですか? 矢田さん、ボクを本気で怒らせて?…」  「…なんだと?…」  「…ボクを本気で怒らせれば、サウジアラビア国内で、クールの製品は、金輪際、扱わせません…いえ、サウジアラビアのみならず、アラブ世界で、クールの製品は、排除します…」  「…なんだと?…」  「…それで、いいんですか? 矢田さん?…」  アムンゼンが、脅した…  3歳にしか、見えんガキが、この矢田トモコ様を脅した…  私は、許せん…  許せんかったのだ…  だから、思わず、  「…やってみれば、いいさ…」  と、怒鳴った…  「…この矢田トモコ様が、オマエの脅しに屈すると思ったら、大きな間違いさ…世界は、オマエを中心に回っていると、思ったら、大きな間違いさ…」  私は、言ってやった… アラブの至宝を叱ってやった…  「…どうせ、オマエは、その歳まで、なんでも自分の思い通りになると、思って、生きてきたに違いないさ…でも、オマエのその、思い込みを、この矢田が、正してやるさ…自分の思い通りになると、思っても、できないことが、この世の中には、あると、教えてやるさ…」  私は、怒鳴った…  大声で、怒鳴った…  すると、だ…  いきなり、プツンで、電話が切れた…  プツンと電話が切れたのだ…  …これは、まさか、宣戦布告?…  …もしかしたら、この矢田に対する宣戦布告か?…  と、悩んだ…  悩んだのだ…  だから、言ってから、しまった、言い過ぎたと、思った…  これも、いつものこと…  いつものことだったのだ(涙)…  だが、さすがに、今から電話をかけて、撤回するわけには、いかん…  いかんかった…  それでは、この矢田トモコ様のプライドは、ズタズタ…  ズタズタだ…  だから、できんかった…  が、  正直、あのアムンゼンを怒らせたのは、マズかった…  アラブの至宝を怒らせたのは、マズかった…  しかし、どうするか?  正直、わからんかった…  わからんかったのだ(涙)…    結局、この日は、外出もせず、ずって、家にこもって、考え込んでいた…  文字通り、悩んでいた…  悩み抜いていた…  だから、夫の葉尊が、家に帰って来たときも、玄関に、迎えに出た、私を見て、  「…お姉さん…どうしました?…」  と、葉尊が、開口一番、聞いた…  「…どうしたって、なにがさ?…」  「…お姉さんの顔です…目が真っ赤ですよ…」  「…そうか?…」  「…そうかじゃ、ありませんよ…おまけに、目が腫れぼったくなっていますよ…」  「…そうか?…」  「…お姉さん…一体、どうしたんですか?…まるで、幽霊か、なにかのようになって…抜け殻みたいですよ…」  「…そうか?…」  「…まずは、鏡で、自分の顔を見て下さい…」  「…そうか?…」  私は、言いながら、夫の葉尊の言う通り、鏡の前で、自分の顔を見た…  すると、鏡の中に、私の顔が映った…  いつもの、童顔の顔が、写った…  しかしながら、その顔は、いつもにも増して、目が細かった…  ずっと、泣いていたからだ…  どうして、いいか、わからず、泣いていたからだ…  だから、余計に目が腫れぼったくなって、いつもにも増して、目が細くなった…  おまけに、目も真っ赤だった…  ずっと、泣いていたからだ…  これでは、夫の葉尊が、不審がるのも、当然だった…  私は、思った…  思ったのだ…  私は、自分の顔を鏡で確かめてから、再び、夫の葉尊の元に、戻った…  「…一体、どうしたんですか? …お姉さん?…」  葉尊が聞いた…  当たり前だった…  が、  私は、すぐには、答えんかった…  すぐには、答えれんかったのだ…  ただ、  「…すまんかったさ…」  と、葉尊に詫びた…  「…迷惑をかけて、すまんかったさ…」  と、詫びた…  「…一体、どうしたんですか? お姉さん?…」  私は、すぐには、答えんかった…  いや、  答えれんかった…  だから、私は、泣きながら、  「…離婚してくれさ…」  と、言った…  言わざるを得んかった…  「…離婚? …どうして、いきなり、そんなことを?…」  「…今日、アムンゼンを怒らせたのさ…」  「…殿下を?…」  「…そうさ…」  「…殿下を怒らせた?…」  「…そしたら、あのアムンゼン…クールの製品をアラブ世界から、駆逐すると、言って…」  「…エッ?…」  葉尊が、思わず、声を発した…  当たり前だ…  あのアラブの至宝を怒らせたのだ…  「…そんな…」  葉尊が、絶句した…  文字通り、絶句した…  いわば、手のひら返し…  アムンゼンのおかげで、クールの製品が、それまでとは、比較にならないほど、爆発的に、アラブ世界で、売れたのに、アムンゼンの機嫌を損ねたから、今度は、一転して、買うなと、アラブ世界に号令したのだ…  まさに、権力者のやることだ…  権力者=独裁者のやることだ…  私は、思った…  思ったのだ…  「…でも、いくらなんでも、そんなことは…」  葉尊が、言う…  「…だが、たしかに、私に言ったのさ…」  「…ですが、それは、売り言葉に買い言葉…その場の勢いで、言っただけなんじゃ…」  「…それは、わからんさ…でも…」  「…でも、なんですか?…」  「…私が、アムンゼンを怒らせたのは、事実さ…」  「…」  「…だから、これ以上、葉尊…オマエといると、葉尊…オマエやクールに迷惑が、かかると、思ってな…」  「…」  「…だから、離婚してくれさ…」  私が、泣きながら、言うと、葉尊が、考え込んだ…  私の夫が、考え込んだ…  玄関に、座って、黙り込んだ…  そして、しばらく、そのままの姿勢で、考え込んだ…  一心不乱に考え込んだ…  それから、立ち上がって、私を振り向いた…  そして、私を見ながら、  「…しばらくは、様子見が、いいと、思います…」  と、まるで、ゆっくりと、子供に言い聞かせるように、言った…  この矢田に言った…  「…どうしてだ?…」  「…それは、殿下が本当に、アラブ世界から、クールの製品を排除しようとするか、わからないからです…」  「…でも、アムンゼンが…」  「…お姉さんに対して、そう宣言したと、言いたいのでしょ?…」  「…そうさ…」  「…でも、それは、売り言葉に買い言葉…ケンカをすれば、誰でも、やりかねないことです…」  「…それは、そうかも、しれんが…」  「…ここは、いったんは、様子をみましょう…」  「…」  「…そして、一週間や二週間経って、なにもなければ、殿下も考えを変えたんだと、思います…」  「…それなら、いいが…」  「…そんなことより、早く、夕食にしましょう…お姉さんは、料理が得意だから、今夜は、どんな料理を食べさせてくれるのかな?…」  葉尊は、笑いながら、言った…  私に気を遣っているのは、明らかだった…  明らかだったのだ…  私は、それが、わかると、余計に涙が出てきた…  この矢田トモコの細い目から、涙が、とめどなくあふれ出した…  まるで、洪水で、ダムが、決壊したみたいだった…  そんな私を見て、葉尊が、  「…お姉さん…起きてしまったことは、仕方がありません…後は、ただ、とりあえずは、待つことです…」  「…待つこと?…」  「…そうです…殿下が、これから、どう出るか? 待つことです…」  葉尊が、言った…  まるで、小さな子供を諭すように、優しく言った…                <続く>
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