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里人で言うところの青年期。
十五か六と言ったところだろうか、サクマは大人と子供の丁度中間の、バランスの悪い顔立ちを時々、水面に映してみては溜息をつく。
声だって今までのように澄んだ美しい声ではなくなった。小鳥と共に歌うことはできなくなっていた。
サクマは自分の事をサクマとは呼ばなかった。
サクマにとって自分とは『自分』でしかない。
サクマは言葉を持たない。
『サクマの世界』に於けるコミュニケーションに言語というツールは必要ない。
必要なのは大脳をムズムズさせるような、もっと直接的で感覚的な刺激のみだ。
誰かを頼る事もなければ、誰かから頼られる事もない。
山というコロニーの一角にあるサクマの世界。サクマとその周囲は、ある時は食物連鎖の中の、またある時は相利、片利の共生の関係にある。
そして、それ以上の関係はない。
小鳥と共に歌うのは、サクマが歌いたいからであって、決して鳥もそうであるとは言い切れなかったし、今朝共に歌った小鳥の事を、サクマは昼間には平気で捕まえて食べたりもした。
小鳥の方でもまた、サクマの朝食の食べ残しを啄む事もあったのだ。
サクマは実に賢明なる者であったし、その上、孤独なる者でもあった。
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