サクマ及びクロギのこと

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 クロギは時折(ときおり)里へ下りていき、サクマの獲物や自身が(こしら)えた木工細工と、塩や大豆など、サクマにとって珍しいものとを交換して帰ってきた。  商人であった父親から何かを教わった訳ではなかったが、クロギの交渉術は他の里の者と比較にならないほどに頭抜(ずぬ)けていた。  クロギはサクマに干物の作り方を教え、塩の味を教えた。  サクマははじめ慣れない塩の味に舌を出し、(しか)めっ面をしてあからさまに嫌がったが、慣れてしまえば、もうその味がなければ物足りなさすら覚える。  また、サクマはクロギに教えを乞いながら、二人で住むのに丁度よい、今より少し大きめの小屋を建てた。  『里から来た』とは言ったが、クロギもまた、サクマと似たようなものであった。  元は商家の生まれであったが、父親が死んだ後、狡猾(こうかつ)なる里の者に財を掠め取られ、母はその里人に囲われの身となった。  だからクロギは、里の外れのボロの小屋で一人で暮らしていた。  気に掛け、優しく接する里人も居なくはなかったが、寧ろクロギの方で極力彼らとの接触を断つようになっていった。  クロギはサクマに、自分の両親の事は話したが、ズル賢い里人の事は話さなかった。  真っ(さら)なサクマに、敢えて『憎しみ』などと言う言葉を教える事が躊躇われたからだ。
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