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─ 山に入ってはいけない。サクマが棲んでいるから ─
里でそんな噂を聞くようになって何年経つだろうか。
サクマは実際、山に棲んでいた。
どこか他所で生まれ、この山を好んで棲み着いたというのではなく、気付けばそこに棲んでいた。
かと言って、山で生まれたのかどうかはサクマには分からない。
物心ついた時には山の奥にポツンと建てられた小屋に一人ぼっちで棲んでいて、小屋の周囲に生い茂る樗や椎の実を拾ったり、蕨や虎杖を摘んで食べた。
昆虫を食べる事も日常的にあった。
どういう訳か小屋には一通りの道具が揃えられている。誰がそうしたのか、そんな事は分からない。サクマにはどうでもいい事であった。
それらの道具を、教えられもしないのに、サクマは実に上手に使いこなすことができた。
たとえそれが、本来の用途とは別のものであったとしても、サクマの使い方は決して間違ってはいなかった。
ある程度の年になるとサクマは、その道具を使って山にいる小動物や、川にいる魚を獲って食べる事も覚えた。
それにしたって誰かから学んだのでなく、ただ本能の赴くままに行動し、考察した結果として、そうなるに至ったのだ。
里の人間はサクマの事を無条件に恐れたが、その実サクマという存在が、人なのか神なのか、獣なのか鬼なのか、誰一人として知る者はなかった。
それでも、里の者は口々に『旅人がサクマに獲って喰われた』だの『夜な夜な怪しげな呪いをして、口から火を吐く』等と、根も葉もない噂話を口さがなく吹いて回る。
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