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小説を書いて書いて書いて書いて書いてそして死んだ。 父は、死ぬ直前まで小説を書き続けた。 時代じゃないペンを使い、指に痣ができるまで書いた。 父の小説は全て手書きだった。 だけど、世の中に出版される父の小説は全てデジタル。 父はそれをものすごく嫌がっていた。 「自分を否定され、人生を否定され、生き様を否定され、(こだわり)りを否定され、とにかく気持ち悪いんだ」 これは、父の遺作でもある最後の小説の1文だ。 最後の小説には父の全てが(つづ)られていた。 父は、自分の感情を他人に見せるのが苦手な方だった。 だから父は、自分の感情を全て小説にぶつけた。 遺作となった最後の小説は短編小説だった。 父はこの短かな文章に、自分の人生を全て注ぎ込んだ。 父の小説は本当に凄かった。 読めばパッと心情・情景が浮かんでき、まるで、その世界の主人公と身体が入れ替わったような錯覚、凄い文章だった。 何度読み返しても父の小説は飽きない。 私は今から、読むのが3度目となる父の小説を読もうとしている。 この小説の完成は、父が死ぬ1日前。 父は(おのれ)の死期が分かっていたのか。 もしや、この小説を書き終えるまで死ねないという信念があったのか。 死人の考えはもう読めない。 私は『愚かな人間』と記された表紙を(めく)り、物語を読み進める。
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