愚かな人間

1/1
前へ
/4ページ
次へ

愚かな人間

人間と()う生物は実に愚かな者だ。 自然と群れを創り、独りでは何も出来ず、誰もが他人を頼る。 私は、そんな人間が心底嫌いだった。 だから私はいつも独り。 愛する妻も避け、唯一の息子も避け、死ぬまでずっと独りだ。 人間と云う生物と関わるのが気持ち悪く感じるようになったのは五十を過ぎたあたり。 他人に嫌われないように必死に言葉を選び、偽りの笑顔を作る人間が皆嫌いだった。 誰もがそうだ。 嫌われたくない、その一心で誰もが本心を語らない。 心の底で何を想っているのか、人間が嘘をついているのを見ると、毎度そう想う。 誰もが八方美人。 私にはそれが綺麗に見えなかった。 五十を過ぎ、人との接触を完全に打ち切り、引きこもりへと成る。 信じれる物は金のみ。 金が信用を(つかさど)り、愛情を司り、真実を司るのだ。 私は今日、久しぶりに家を出た。 雪景色が視界に広がる。 久しぶりの外は少々眩しく、少々肌寒かった。 が次第に慣れた。 辺りを徘徊する。 私の要望で人口の少ない田舎へ引っ越してきたおかげか、辺りに人は全く居なかった。 心地が良い。 私は小説家だ。 人間の居ないこの美しい花鳥風月だけで、何本も小説をかける。 木、葉が呼吸をし、自然の音色を奏でる。 小鳥が(さえず)り、小川が流れ、風が(なび)く。 木々の隙間から日光が辺りを照らし、尚一層自然の良さが掻き立てられる。 あぁ、本当に美しいな。 そう考えるとやはり、人間は自然界において一番の害虫だ。 森林伐採に()る自然の破壊、火力発電などに依って(もたら)される地球温暖化。 一番絶滅しなければならない生物は紛れもない人間だ。 私は家から持ってきた酒を少々飲み込む。 私は自分の小説が心底嫌いだ。 だが、私は小説を書き続けなければならない。 小説は、私にとっての逃げ道であり、此処(ここ)以外で自由な言葉を吐ける場所が無い。 小説は心の拠り所だった。 小説に酔い、依存していた。 私は小説の印税で少々儲けている。 其れこそ、妻と息子の二人を支えられるほどには。 金は一応妻が管理し、私が自由に引き出している。 私は、時代でも無くペンを使い小説を書いた。 手には数個の痣。 痣と云う物は努力した証であり、私にとっては(とても)誇らしい物で在った。 しかし世間は其れをやけに気持ち悪がる。 その感性はよく理解できない。 私はコンビニに立ち寄り、新たなペンを購入する。 別に(こだわ)(など)特に無いため、適当に良い値段の物を数個握り、レジへ向かう。 定員と云う生き物は、特に嫌いである。 『お客様は神様』とか云う謎の(おきて)に縛られ、常時笑い、素を隠す。 見ているだけで吐き気を(もよお)す。 「計1680円です!」 ハキハキとした声で元気そうにそう言われる。 どうせ裏で指導されているのだ。 その情景がはっきりと浮かんでしまい、食道の途中まで嘔吐物が押し寄せてきたが、なんとか引っ込めた。 気持ちが悪い。 私は颯爽(さっそう)と店を出る。 家に帰ろう。 人と関わるのはやはり私には向いていない。 家に帰り小説を書こう。 書きたいことが山ほど頭に浮かんでいる。 雪景色の中を駆け、家の玄関へ到着する。 「ただいま」は言わない。 自室へと素早く戻り、手に痣が増えるのを期待し、ペンを握る。 机の上にはまだ出版社へ提供していない原稿用紙状態の小説が屡々(しばしば)。 私は、小説を提供し、売り出されるのが物凄く嫌いだ。 私がペン書きを(ほどこ)した小説達を、勝手にデジタルにされ、違和感のある文章を治され、良い物へと仕上がっている。 私はその工程が大嫌いだ。 自分を否定され、人生を否定され、生き様を否定され、(こだわり)りを否定され、とにかく気持ち悪いんだ。 ()で私は、出版され、完成した小説を読まない。 感想も嫌いだ。 己を()ねくり回され完成した小説を褒められても、全く嬉しくない。もはや憎い。 私はそんな事を想いながらも、今日も小説を書いた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加