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1 飯処みかさ
カラカラカラ。
引き戸が開いて、一人の客が入って来た。
ダボッとしたティシャツにジーンズ。
リュックを背負っている大学生風の大柄な女の子だった。
「いらっしゃいませ」
店主の秋川みのりが声をかける。
女の子は声を出さずにコクっと頷く。
「お好きな席にどうぞ。メニューはテーブルのメニュー表とこちらの黒板にありますよ」
お冷とおしぼりを女の子の前に置く。
女の子はメニューをじっくり見つめている。
メニュー表を端から端まで2周ほど見て、黒板に書かれたメニューもじっくり見た。
メニューをパタンと閉じたのを見て、みのりが声をかけた。
「お決まりですか?」
それには答えずに女の子がみのりに尋ねた。
「あの、これって大盛りにできますか?」
「大盛りはやっていないのだけど、言っていただければお好きなだけ作りますよ。ただ、料理を残されるのは困りますけれど……」
女の子の問いにみのりが答えた。
両親から受け継いだ店の客足は、ほぼない。
両親の代には居酒屋だったので、よく来てくれていた常連さんたちも、みのりが店主となり、アルコールも置いて居ないことを知って、足が遠のいた。
みのりは料理を作るのは好きだったが、酒の場が苦手だった。
何よりご飯を進ませる飯処にしたい、という希望があったのだが、理想と現実はそう上手く行かなかった。
久々のお客様にみのりはちょっぴりワクワクした。
他に人目もなかったからか、女の子は恥ずかしそうにおずおずと答えた。
「私……いくら食べてもお腹いっぱいにならないんです」
小玉 凛桜
星霜大経済学部に通っている19才の大学2年生。
親しい人には「たまちゃん」と呼ばれるのだと言う。
大柄な身体に旺盛な食欲という一般通念と一致するのが恥ずかしいのだと言う。
ダイエットもしているのだが直ぐにお腹が空いてしまうのだそうだ。
入学当時、学食で大盛りカレーと大盛りきつねうどん、サンドイッチを食べていた所、通りがかった口の悪い男子に「カバみてぇ!」と言われてから、人前で食事をするのが恥ずかしくなってしまったのだと話してくれた。
みのりの見立てでは、たまちゃんは太ってはいない。背が高く、それなりの筋肉量。
それはきっとバランスの良い食事を摂っているからだろう。
「嫌いなものある?」
みのりがたまちゃんに尋ねると、たまちゃんは首を振った。
それならば、とみのりはたまちゃんに声をかける。
「生姜焼き丼はどう? うちの生姜焼きは甘くないのよ」
たまちゃんは、嬉しそうな笑顔を見せた。
笑った顔が可愛い子だな、みのりはそう思った。
山盛りのご飯に山盛りのレタスとキャベツ、それから山盛りの生姜焼き。
「丼にしようと思ったんだけどね、別々の方がより多く盛れるかな、と思って」
いただきます、と手を合わせたたまちゃんはまず、お味噌汁を飲んだ。
それから野菜にマヨネーズをかける。
そこに生姜焼きをのせ、野菜とともに頬張る。
「ぅ、うううんっ!」
たまちゃんが唸った。
おかずを飲み込むと、続いて白米を口に運ぶ。
一口がとても大きい。
けれど、きれいな食べ方だった。
ゆっくりと食べているように見えるけれど、一口が大きいせいか、生姜焼き定食はあっという間になくなった。
本人がお腹いっぱいになったことがないと言う通り、山盛り定食を食べてなお、まだ物足りなさそうだった。
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